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年内の長文更新はこれが最終になります。
明日から大晦日まで連勤です。
年明けは毎年のことながら、一日だけ休みで後の勤務予定は全くの不明です。
メール、拍手のお返事はいつも以上にお待たせしてしまうことになるかもしれません。ご了承くださいませ。
冬コミに参加される皆様、風邪など召されませんようお気をつけて楽しんできてください。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
扉を開ける前から感じた人の気配に黒鋼はまたか、と内心で溜息を零す。
仮にも軍の施設なのだ。こうも簡単に侵入を許すなどあってはならない。
ただしそれは本来は、と付け加えるべきであろう。
ロックを解除し、自分の部屋へと体を滑り込ませるとすぐに寝台が目に入る。単身者用の寮だ。士官用とはいえ、兵士一人に与えられたスペースはさほど広くもない。
部屋の住人がいないにも関わらず、そのベッドを堂々と占拠している人影に黒鋼は溜息を漏らす。
すうすうと黒鋼のベッドの上で穏やかな寝息をたてる男は軍人とも思えない無防備さだ。
無論恋人でも友人でもない。上官や部下といった枠からほんの僅かに内側に近づいた程度の知人だ。最近はそこに飲み仲間だとか妙な腐れ縁だとかいった関係が含まれるようになっている。
それでも友人かと聞かれたならば違うと答えるだろう。どうにもそのような生ぬるい心地はしない。
優秀な、と触れ込みの佐官であるにも関わらず、黒鋼が距離を詰めても起きる気配すらない。こんな風に勝手に侵入した挙句人の部屋を宿代わりに使うのは果たして何度目になるのか。
最初はたたき起こして追い出そうかとも考えたのだが、彼の仕事の成果を慮ればそれも可愛そうな気がした。
黒鋼には徹底的に不向きだったのだが、ファイが行っている情報戦が平時と緊急時のいかなる場合においてもあらゆる意味で重要なことは理解している。
その作業内容が見た目以上に精神にも肉体にも負荷がかかり、軍務のあらゆる作業の中で医療行為と同じレベルで厳しい基準値が設けられていることも。
目に見えぬ電気信号や電磁波が人体の健康を損なわぬように規定された制限時間ギリギリまでファイは仕事をする。その精度は他者の追随を許さない程に緻密で正確だ。だからこそ仕事明けの疲労は人よりも重いらしく、意識を失うように眠ることが少なくはないらしい。
それでも自室では駄目なのだという。どうしたって仕事のことが頭から離れないし、軍人として鍛えられた体は芯から休むことを許さない。些細な物音や端末からの呼び出しに、疲れが取れるよりも先に体を意識が起きだしてしまう。
そんな男が黒鋼の部屋でだけ、無防備に眠っているのだ。
「絶対に安全だって分かってるところだからねー」
いつだったかそう言っていた。
ロックしたはずの扉を(おそらくは不法に)解除された時点で絶対に安全とは言い難いのだが。
しかしそもそも、そうやって解除したのは眠っている当人である。黒鋼が帰ってきた時も完全に外したはずのロックは元通りにされていた。本人が安全だと言うのならばそうであるかもしれない。
すやすやと眠りを貪る男にもう一度黒鋼は溜息を零すと、その体の上へブランケットを広げた。手つきがぞんざいな割に、静かに広げられた毛布はすっぽりと眠る男の体を覆う。
起きたら飯でも奢らせてやると心の中で呟いて、黒鋼は時間つぶしのための端末を開いた。
端末に簡単な報告書を打ち込む間も、彼が目覚める気配はない。ただ、静かな寝息が黒鋼の鼓膜を揺らし続けた。