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では下からどうぞ。
それを、どこかで願っていたのかもしれない。
辿り着いた世界だったが、どういったわけかまたすぐに移動を余儀なくされた。
モコナの耳飾がちかちかと明滅し、旅立ちの近いことを告げる。かえって腰を落ち着ける間もなかったことが良かったのか。
そう言い聞かせて自分を納得させるより他にないような、短い滞在だった。
「とんだ寄り道じゃねえか」
「そう言わないのー。物騒なところじゃなくて良かったじゃない」
ね、とファイに言われれば黒鋼もそれには同意したのか反論は無い。
そんな二人をみて、小狼とモコナが顔を見合わせて微笑した。
確かにここは平和な世界のようだった。
どこかで見たことのあるような住宅と、青い空。長閑な空気の中、遠くから子どもたちの声が聞こえてくる。
不意に、軽やかな足音が近づいた。
「!」
平和な場所だと分かっていても、長年身についた習性と旅の間の経験から皆一斉に身構える。
すぐに離れる場所だとしても、騒がれるのは得策ではない。
土を踏む軽やかな足音は唐突に止まると、今度はがさがさと植え込みの葉を小さな手が掻き分けた。
ひょこり、とそこから現れた子どもの姿を見て息を飲んだのは、黒鋼だったのか、ファイだったのか。
「え…」
黄色いきらきらの髪に葉っぱをつけて、蒼い瞳をまん丸にして。
全く同じ二つの顔が、旅の一行を見つめていた。
子どもたちも驚いたのだろう。口を大きく開けると、そのまま踵を返して走り去ってしまった。
「…」
黒鋼がちらりとファイの様子を窺う。
眩しいものを見つめるように、ファイは瞳を眇めていた。泣き出しそうにも見えるその表情から黒鋼はそっと視線を外す。
きっと、望んでいたものだったのだ。
二人で、手を繋いで笑い合える世界。
自らの失ったそれが、どこかで繋がっていることを、せめて幸せだと思えるように。
「行くぞ」
見つかっちまったからな、とモコナを促す。白いまん丸な生物は素直にうん、と頷いた。
ふわ、と浮き上がるようないつもの旅立ちの感覚が足元を包む。
頭から魔力の羽で覆われるような、その瞬間。
「なんだよっ」
「早く!早く!」
「こっちなの!」
幼い声がしたかと思うと、がさり、とややも強引な音を立てて子どもたちが飛び込んできた。
今度こそ、黒鋼とファイは二人して息を飲む。
両腕を双子に引っ張られるようにして連れられた小さな男の子。
顔を上げたその子も瞳をまん丸にして、得体の知れない一行を姿を凝視した。燃えるような、真っ赤な瞳だ。
嬉しそうに双子がその顔を覗きこむ。
あ、と思った次には、体はその世界から掻き消え後にはその痕跡すら残らなかった。
どの次元にも属さない不可思議な空間を渡りながら、今見た光景を幾度も反芻する。
ファイがぽつりと呟いた。
「…幸せだといいな」
「…」
「あの子達が、ずっとずっと幸せだったらいいな…」
「ああ」
手に入らなかった可能性や、未来の姿。
せめて、と願うことくらいは許されるだろう。
ファイの指が黒鋼の義手にそっと触れる。
願って、手に入らなかったものもある。
けれど、確かに自分が手に入れたものも存在するのだ。
次の世界に辿り着くまでの僅かな時の中。せめてその少しの間だけ。泣きたいような切なさを噛み締めていたかった。