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では下からどうぞ。
黒鋼の縁組。
無意識のうちにあえて考えないようにとしてきたことを眼前に突き付けられ、ファイはぐらぐらと揺れる思考を外へと漏らさないように努めた。
一番いいのは隣接する領土との縁組だろう、と思う。
「圧力かけるのもありかなー」
諏倭に対して度々好ましからぬちょっかいをかけてくる迷惑な隣人を牽制するため、その領土を一つ飛び越えた領土との縁組も有効かもしれない。ふとそれが黒鋼の幸せのためではなく、諏倭の防衛戦略のためだと思い至る。
「政略結婚…ねぇ」
黒鋼は政略結婚などどう思うだろうか。それが諏倭のために必要とされることなら受け入れてしまいそうな気がした。
一度は失ってしまった故郷を、やっと取り戻そうとしているのだ。
戻る場所を二度、失ったファイにはその気持ちが痛いほどに分かる。
けれども大好きで大好きで、幸せになってほしい人。本人が望むのならば、彼が愛した人と一緒になってほしい。
この世で誰よりも、幸せになってほしい人。
願いながら、ファイはそっと胸をおさえた。
黒鋼の幸せを願う気持ちは心からのもの。
けれど、いざその光景を目の当たりにして、その時果たして自分は正気でいられるのだろうか、と考える。
きっと心臓は張り裂けるように痛むのだろう。氷よりも冷たい杭が見えぬ身の裡のどこかに刺さったままになるのだろう。
思うだけで泣きそうになる。
いずれ、巫女として才ある者が現れたらその限りではないのだろうけれど。諏倭の巫女としてこの地の平穏を願う以上、黒鋼の傍を離れることも出来ない。
幸せにしたい人なのに、それを傍で見ることがもっとも辛いことになるだなんて。
唇から零れた吐息はひどく重い。
それでも、ファイの身の上に流れていく時間と、黒鋼の身に流れる時間は同じではない。
魔力で変化の緩やかなファイとは裏腹に、普通の人間はどんどんと老いていくのだ。
「黒様、どんな女の人が好みかなあ…」
割り切らなければ、とファイは緩やかに頭を振る。伸びた髪がはらはらと衣の上を滑った。
行儀悪くごろりと畳の上に転がっても、ファイの私室で他に人影はない。
「奥さん…正妻は色んな条件を考えなきゃいけないしねー。その辺のつり合いはオレよりも他の人のが詳しそうだから…、領内と領外のどっちがいいのかだけ相談して後はお任せしてもいいよねー。落としどころが分かんなかったら知世ちゃんに相談…。そうしよう、うん。
…領主だったら正妻だけじゃなくてもいいんだよねー。側室とか…選択肢が多い方が黒様も選びやすいだろうしー…。
黒様が気に入ったらそのまま奥さんにしてもいいんだしー。
清楚とか可憐なのが好きかなあー。んー、どうでもいいようで案外面食いだろうなぁー…。でも顔だけじゃなくて健康で体が丈夫なのを優先した方がいいのかなー」
誰にも咎められないのをいいことに、両手を投げ出しぼんやりと天井を見上げ続けていた。
誰にも咎められないから、一言だけ呟いた。
「嫌だな…」