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元ネタは西行。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
積み上げた草子のうち一冊を手に取り、ぱらりぱらりと捲りながらファイは首を捻った。
だいぶ日本国の文字にも慣れたものの、さらさらと書きつけた草書やあるいは漢語まじりの文章は読み難い。
知世から貰った草子はお伽噺や古い物語で、黒鋼が城に届けるようなやたらと小難しい文とは違うのだけれど。
日本国独特の感性とでもいうような文章や価値観ばかりは、ファイが頑張ってもなかなかすぐに理解出来るものでもないのだ。言い回しが婉曲的であったり情緒めいていると完全にお手上げである。
今ファイが手にしている草子も、難しくはないもののどうにも内容が理解しかねる。いくらか目を通して、無理そうだと判断したファイは自分で読み解くことを諦めた。
「黒様、これ読んでー」
すぐ傍で同じように軍記物を読んでいた黒鋼は、ファイの手から草子を取り上げるとやれやれとでも言いたげに息をついた。
「これか?」
「そう、それー」
読むのに先んじて目を通していた黒鋼の瞳がほんの僅かに強張ったようにも見えた。
けれど、それに頓着することなくファイはねだる。
「そのお話が知りたいー」
ファイの顔をちらりと見やった黒鋼は、少しだけ重い溜息をこぼした。けれど、読むのを止めることはしないようだ。
「掻い摘んで読んでやる。詳しいことは自分で調べろ」
はあい、とどこまでも軽やかなファイの声音に、少しだけ黒鋼の表情が緩いものになった。
「昔、一人の男がいた。男は隠者で、俗世から離れ一人で暮らしていた。しかしある時、急にそんな風に一人で過ごすことが寂しくなって、一緒に暮らしていく人間が欲しいと考えた。そのために人間を作ろうと野山で死んだ人間の骨を拾い集め、麻や香の呪物で…反魂の術を――死んだ人間を蘇らせようとした」
黒鋼はいったん言葉を区切った。ファイへと視線は向けないが、その様子が少しでも変わればすぐに気づくだろう。けれど、ファイに何か変わった様子は見られない。
「死者を蘇らせ寂しさを紛らわそうとしたが、結局反魂の術は失敗した。落胆した男は呪術の師に会いに行き、自分の術が失敗したことを相談した。師が言うには『お前が使った骨が何人もの人間の骨を別々に集めた骨だったからだ。一人の人間を蘇らせるためには、その人間の骨を完全に集めて、それで術を執り行わねば成功しない』」
ぴくり、とファイの指が小さくはねた。
「男は師に、成功したことがあるのかと尋ねた。すると師は当然だと答えた。師や、師の仲間たちはもう幾人もその方法で死者を蘇らせ、人間を作りあげている、と。そして、そんな風に蘇った人間の中には帝の傍に使える貴族や公卿もいる、と誇らしげに語って聞かせた。
そんな師の話を聞いて、男は唐突に恐ろしくなった」
「…死んだ人が生き返ることが?」
「いや。…。もしそうやって生き返った中に、自分の知人や友人がいたら…。あるいはもし自分でそうとは知らないままに、自分自身が誰かの手によって生き返らされ、作られたものであったら。自分の生きてきた記憶、それさえも偽りで、誰かから与えられたものであったとしたら。そう考えると、それはひどく恐ろしく悲しいことのように思えた。だから、山へと戻った男は、もう二度と反魂の術を行おうとはしなかったそうだ」
読み終え、黒鋼がファイの顔をちらりと見ると、ファイは何故か笑っていた。
「君の国はすごいね」
言っている意味が分からなくて黒鋼が困惑していると、ファイは小さく笑い声を零した。
「色んな国でね、死んだ人を蘇らせようとするお話はあるんだよ。おとぎ話でも、伝説でも。でもね、…そうやって生き返った人がどう思うのかな、って考えてあげるようなお話は一つもなかったなあ…」
何が嬉しいのか。やはり掴めない笑顔に、黒鋼は手持無沙汰にファイの髪をぐしゃりと撫ぜた。
「黒様がこの国で生まれてくれて、本当によかったなぁ」
甘えるように黒鋼の腕を引き寄せたファイの顔が、本当に幸せに溶けるようで。
そんな顔をしているのなら、こんなお伽噺でも読んでやった甲斐があったのだろう、と黒鋼は言葉を飲み込んだ。
大丈夫か、と聞きたかったような気もするが。きっと今のファイには言う必要のない言葉らしい。