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リクエストもちまちま書き進めていますので、もう少々お待ちください。
最近気がついた衝撃的出来事といえば…。
スパコミの締め切りかなあ…。
……やべー。
表紙が文字だけだったら笑ってやってください。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
幾ばくか、沈黙が落ちる。
ゆらゆらと灯火が儚く揺れては壁に淡く映し出された影の形をあやふやな物へと変えていく。
ファイはそっと瞳を閉じた。
「夢を、見ていらしてるのですね」
そう、これは夢だ。
彼女の見たものは全て夢で、自分は黒鋼の待ち人などでは無いし、仮にそんな人がいたとしても今日この場所にその人物がいようはずもない。
全ては夢だ。
体の苦しさに、束の間垣間見た、幻。
どうか、このことが現なのだと思い出しもせぬように。ただ眠って欲しいと祈った。
「露草さま?」
はっと気がつくと心配そうに自分を覗き込む子どもたちの顔が飛び込んでくる。よほどぼうっとしていたらしい。
慌てて取り繕うように笑うと、子どもたちもほっとしたのか安心したように笑みを浮かべる。
なんだか最近はずっとこんな調子だった。これではいけないと思う。
少しずつ先延ばしにしていた自分がいけない。
あれから、女性の容態が落ち着くのを確認して黒鋼の家から帰って来たファイは身辺の整理を始めた。
身の回りの物を少しずつ減らし、自分がいなくなった後も少しでも困ることが無いようにと薬やその他のことも細々と書き残した。
もう、片付けも随分と進んで本当はもういつだってこの世界を飛び出せる。
それが出来ないのは自分が未練がましいからで、いつまでもここに留まる理由を探している自分が情けない。
「露草様、大丈夫?」
よほど奇妙な顔をしていたのだろうか。自分では笑顔だと思っていたのに、幼子に頬をそっと撫でられてファイは驚く。まだ皮膚の薄い小さな手のひらは、柔らかくて温かかった。
「長雨の間中、働いてたから露草様は疲れてるんだよ。母さんも言ってたよ」
「じゃあ、あたしたちもう帰ったほうがいい?」
「騒いだら休めないよ」
たまの晴れ間だからと遊びに来た子どもたちであったが、口々にファイを心配する。
この国の人たちは誰も彼もが優しくて、だからファイはいつも甘えてしまいそうになるのだ。
「露草様。今日は俺たち帰るから。だからちゃんと休んでね」
気遣いが嬉しくて、今度はちゃんと微笑んだ。
「気を遣わせてごめんね」
子どもたちが心配していたことも当たっている。怪我人や病人が立て続けに出たために随分忙しかったのは本当だ。
自分でも知らない間に疲れが溜まっていたのだろう。こんな子どもたちにまで本調子でないことを悟られてしまうだなんて。
ごめんね、と頭を下げて見送るファイの袖を一人の子どもがくい、と引っ張った。
「どうしたの」
しゃがみ込んで目線を合わせてやると、子どもは不安そうにファイを見つめる。
「露草様。どこかに行っちゃったりしないよね」
咄嗟に声が出ないファイをどう思ったのか、子どもが泣き出しそうに瞳を潤ませた。慌てて「行かないよ」と答える。
心配そうに何度も何度もファイの顔を見ていたが、年上の子どもに促されて渋々と小屋を後にした。
何度も何度も振り返るその顔を見ていると切なくなってくる。こんな自分を慕ってくれる子どもを、小さな嘘で傷つけてしまうのが申し訳無かった。
気がついたのかもしれない。
今夜が満月だから。この地に一人で降り立った時、ファイが感じた月の加護を最大限に感じ取れる日だから。
それを最後にファイはここから去ろうとしていることを。
小屋から外へと出ると、しんと静まり返ったそこには他に生き物の姿は無かった。
美しい月だった。
落とされる光は太陽のそれとは違って、冷たいけれどどこか優しくて。
刻々と姿を変えるのに、その優しさはけして変わりようがない。
しばらくの間じっとそればかり呆けたように見ていたファイの耳に、がさりと葉擦れの音が響いた。
このところ忍が自分を見張っている気配は感じられない。だからこそ、もう消えたとしても怪しまれまい、と思って今日という日を選んだのだ。
動物だろうか、と思いながら振り返って、ファイは驚愕に心臓をはねさせた。
信じられない人がいた。否。いまここにいるはずの無い人が、いてはいけない人が、そこにいた。
呆然、とするファイの姿に気がついたのだろう。足早に歩みを進めて距離を詰められる。勢いに気おされたわけではないが、ファイは後ずさった。
「黒様…」
黒鋼がその一言に息を飲むのが分かった。
はっと目を見開くがもう遅い。
名を、呼ぶべきではなかった。
黒鋼は今の一言で、とっくに気がついてしまっただろう。
自分が、紛れも無く旅を共にした、彼の知っている『ファイ』だということを。
何故、と問い返す間も無かった。
そんな余裕さえなく、ファイは身を翻して逃げ出した。
身体能力として黒鋼が上でも、この辺りの土地勘ならばファイに利があるはずだ。
「おい!」
背中に黒鋼の声を聞いたけれど、ファイは振り返らなかった。
わざと獣道からも外れた雑木林に飛び込み、自らの痕跡が分からないように走る。月明かりがあっても、夜の道は暗く、すぐに木々の落とす深い陰はファイの足跡を隠した。
息が上がって呼吸が苦しくなるほどに走って、ただ走って。ファイは木の幹に手をついて大きく胸を喘がせた。ぜいぜいと気息の整わないまま、指先に力を集める。
全身の魔力をそこに集め、移動のための呪を空に描き出す。
青白く、眩い呪文が燐光を纏って踊り出し、ファイの体を包みだした。
これで最後だ。
そして、その最後に。彼に会えた。
彼の瞳に、確かに自分が映った。
それだけで良かったのだと言い聞かせて、ファイは最後の一文字でその呪を締めくくろうとした。
「おい!」
突然割り込んだ声に意識が逸れる。縺れるようにぶれた指を奮い、術を発動させようとファイはあえてその声を無視する。
だが、次の瞬間、片腕がぐいっと引っ張られる。
振り返ると黒鋼が間近から睨みつけていた。今にも怒鳴りだしそうに、唇がかすかに震えているのが分かった。
どうしてここに、と考える間もない。
(いけない…!)
そう咄嗟に思う。
移動のためのスピアは既に結ばれた。けれど、術者であるファイの意識は術ではなく黒鋼にその大部分が取られてしまっている。二人分の移動のための魔力を用いてのことではない。
ファイの移動のための術だ。そこに含まれていない黒鋼をどんな形で巻き込むのか、想像も出来なかった。
全てが上手く噛み合わず、ファイは恐ろしいまでの強引さで発動しかけた術を自分自身から切り離した。
発動しきれなかった呪。
制御しきれない術。
その全ての熱量が術者本人へと撥ね返る。
どん、と鈍い音が体の奥から響くのをファイは感じた。それと同時に何もかもが真っ暗になった。
驚いたような黒鋼の顔をもしかしたら見たかもしれない。
強大な魔力。自らのものとはいえ、御しきれなかったその全てを、ファイは一身に受けたのだ。