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それで下からどうぞ。
冷たい灰色の壁に囲まれた部屋が二人だけの小さな世界だった。
寝室とそれに続く部屋。かつては美しさを誇った装飾は埃をかぶり、すっかり色を褪せてしまっている。
日に二度、粗末な食事だけが欠かさずに小さな机の上に運ばれ、食事を終えた頃にそそくさと侍女がそれを下げに来る。
けして災いの子どもと関わらぬように、瞳をあわせることも、口を聞くこともない。
時折漏れ聞く扉の向こうの衛兵の声だけがファイとユゥイが聞くことの出来る他人の声だった。
かび臭い大量の古い書物が無造作に物置のような場所に放り込まれており、ファイとユゥイは身を寄せあいながらそれを読んで一日を過ごすのだ。他にすることは何もない。
殺されることはないのだろうとは思っていた。自分たちを殺せば更なる災いがおとずれるのだと、衛兵と侍女が話すのを漏れ聞いたことがあるからだ。
だから故意ではないのだ。数日に一度ほど、食事がないことも。極寒の真冬、暖炉に火の気をおこすための薪さえ途切れがちなことも。
過失ではあるが、「忘れた」のであればそれは明確な殺意ではない。
飢えと寒さは小さな体を蝕んだが、二人の体に宿る魔力は容易くその生命を消し去ることはなかった。辛い時間が長くなるだけかもしれなかったけれど、二人は二人でいることが唯一の慰めでもあり喜びであったから。
遠巻きに死を望まれていたとしても、お互いの幽かな温もりにさえ触れていられればそれだけで幸せだった。
それで良かったのだ。
干からびかけて固くなったパンをほんのわずかに残して袖に隠す。
最初は食事を抜かれた時の為の予備にとって置くためだったのだが、春の雪解けに誘われたように時折窓の外に小鳥の姿が現れるようになってからは二人はパン屑を窓辺にまいて小鳥の姿を待った。
到底子どもが抜けられるような大きさの窓ではないが、小さな鳥ならば簡単に入ってこられる。
双子は空腹を我慢しながら、初めて自分たち以外の温もりに指で触れた。
嘴で指を突かれる小さな痛みであってもなんだか嬉しかった。
小さな友達が姿を見せるようになってからは寂しいなんて感じなくなっていた。
ファイとユゥイの祖国は一年のほとんどを氷と雪に閉ざされている。
生命の活動できる夏は実に短い。
そのうち小さな友達は姿を見せなくなってしまった。数日は心配していたが、もしかしたら大きくなって何処かに巣立ったのかもしれない、と二人は話して何処かにいるであろう友達が大空を飛んでいる夢を見た。
結局パン屑は友達のためではなくまた自分たちの非常用にとっておくようになった。
薄いスープを飲み干して皿を下げに来る侍女と近づかないようにそそくさと寝室へと引っ込もうとした時だった。
ふ、と扉の開いた拍子に侍女と衛兵が気遣わしげに話しているのが耳に飛び込む。
ほんの二言三言の会話。それだけで十分だった。
『やっと全部処分できたのね。こんな奥宮にまで飛んでくるなんて困るわ』
『ああ、羽がある生き物は厄介だな。国中を飛び回って災いをまかれては堪ったものじゃない』
『ええ。でももう焼いてしまったから平気よ』
ファイとユゥイは無言で扉を閉めた。
粗末な毛布の中にくるまり、互いの顔を見る。
蒼褪めた顔は強張り、鏡を映すように今自分がどんな顔をしているのかが分かった。
二人は声を殺して、それから泣いた。
あの鳥が大空を飛ぶことはもうないのだ。
自分たちの災いを運ぶと恐れられ、殺されてしまったから。
その年は農作物が近年にない不作の年だった。穀物を荒らす害虫を食う鳥までも見境なく殺したことで、作物は荒れ、育たなかった。
飢饉が起こり各地で暴動が起こり、理由も分からない飢餓の年はまた双子の呼ぶ災いだとされた。
瞳を開けると頬が濡れていることに気がつく。すぐ隣を見れば双子の片割れが同じように泣きながら目を覚ましていた。
何故こんな昔の夢をみるのだろうと思い、気がつく。
閉めきられた暗い部屋。高い場所にある小さな窓。
死を望まれた二人が捨てられた過去の部屋をどうしても思い出す。
閉じ込められている。
小さく震えながらファイとユゥイは身を寄せ合い、必死に胸の中で黒鋼の名を呼んだ。