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以前拍手でリクエストしていただいた「夫婦喧嘩に巻き込まれる忍軍の皆さん」です。
素敵なネタを下さったお嬢様あるいはお姉様、ありがとうございました。
ただいまの拍手は「日本国忍軍徒然苦労話4~6」となっております。
1~3は下からどうぞ。
日本国忍軍徒然苦労話①
最強最悪冷酷無比の悪鬼、と呼び名も高い日本国最強の忍が帰還した。
報せは瞬く間に忍軍のみならず城中を駆け巡る。
いつぞやのように負傷したための養生のみ、ということではなく本格的に帰還したのだということになれば、放逐以前の彼の姿を思い起こし皆に緊張が走るのは当然と言えよう。
ざわつく一同の目の前に黒鋼の以前と変わらぬ姿――否、唯一鈍色の左腕は以前と違っていた――が現れた。
見るものを威圧させる堂々たる体躯と鋭い眼光に、我知らず息を呑む音が幽かだがそこかしこで漏れる。
が。
その眼光鋭い黒鋼の傍らに見慣れぬ人間がいる。
生成りの衣に青い帯という小ざっぱりした姿が見慣れぬのは道理で、その髪と目が見たこともないような色をしているのだ。
神仙の類か妖魔の類か、と思わず疑ってしまうその異質な人間は興味深げにきょろきょろと首を回すと、恐れ気もなく(何とも恐ろしいことに)黒鋼の袖を引っ張った。
無言でじろ、と黒鋼が視線を落とすのにも平気な顔で何が楽しいのか、にこにこと黒鋼の顔を見上げている。
忍軍一同その点は大変感心した。ついでに恐怖した。
天の助けか、なんとも説明の出来ない固まってしまった空気をものともせずに知世姫が割って入る。
「黒鋼、帰るなりそのような仏頂面で…。皆が怯えてしまいますわ」
「うるせえ」
「もう。せっかく少しは成長して戻ったかと思いましたのに…」
残念そうにため息を吐く姫君はおそらくわざとだ。その証拠に次の瞬間には顔を眩いくらいキラキラと輝かせていた。
「そうですわ。皆にファイさんのお披露目をしなければなりませんわね」
「する必要なんざ…」
「まあ、黒鋼ったら。よもやファイさんを独り占めして私たちに見せない気ではないでしょうね?そのようなこといけませんわ。いくら黒鋼の伴侶になるとは言えファイさんにもご自分の意思がおありですのよ」
立て板に水、と言う具合に黒鋼の口を封じてしまった知世姫は、いずれ本格的なお披露目はするとして…とさえ言っている。おそらくその暁には着せ替え人形よろしく着飾らされるのだろう。
「皆に紹介いたしますわね」
主従のやり取りにどうしたものかと動けないでいる忍軍に、知世の鈴を転がすような声が響いた。
すい、と自分が指し示されたのに気づいて見慣れぬ人間は頭を下げた。さらさらと肩から滑り落ちる髪が淡い黄金色をしている。
思わず目を奪われてしまいそうな繊細な動きに一瞬忍たちの意識が緩んだ。
「こちらはファイさん。黒鋼のお嫁さんですわ」
そりゃもうにこやかに、月読の君が仰った。
(ちょっ、嫁って―)
(姫様、その人どう見ても男―)
(黒鋼、お前正気か―!?)
知世姫と黒鋼と得体の知れない人物。どれもおそろしくて声にだしては突っ込めない忍たちだった。
日本国忍軍徒然苦労話②
歩くたびにふわふわと揺れる柔らかな金糸の髪は日本国では否応無く目立つ。
ファイが日本国へ腰を落ち着けてはや数ヶ月。生まれ育った文化や生活習慣の違いを苦慮していたが、幸いなことに様々な次元を旅した経験の中日本国に程近い世界での生活も経験していたおかげでか、思ったよりも早く身に馴染み最近では目立って奇異な振る舞いもない。
黒鋼が非番の日に二人が連れ立って歩く姿もよく目にされるようになった。
それとともにどこからともなく下世話な噂話が流布される。
「…男娼、囲い者、後は俺に手篭めにされて泣く泣く掻っ攫われてきた男妾…で、他には?」
「へー色々言われてるねー」
顔色一つ変えるでもなく淡々と確認する男が心底恐ろしい。
命じたわけでもないが、伏して頭をあげようとしない下忍たちの前で黒鋼は平然と指を折る。
下忍たちが数人、激務の捌け口として興じていたのは少々品に欠けた噂話だった。
その的となっていたのは黒鋼とファイであり、その閨の話がまるで実際見聞きでもしたかのように面白おかしく吹聴されていた。
男、特に戦を生業として生きる者は己を含めた人間の位置づけを力の有無で決める傾向が強い。
ファイは長身ではあっても細身で、この国の忍たちからすればとても戦えるようには見えないのだろう。
時折侮蔑の目、あるいはごく僅かに好色な気配を含んだ視線を寄越されるのは知っていた。
戦うことで身を立てられない者が、その見てくれでもって色を売り、生活していると勘違いされているのだ。
言わせたい者には言わせておけば良いと思いもするが、いつまでも夜の生活まで詮索されるのは鬱陶しい。
さて、どう料理してくれようかと思案する黒鋼の袖をファイがくい、と引いた。
視線だけ動かせばファイがけして真意を悟られる事のない笑みを刷いていた。
それが剣呑な気配を纏うのはおそらく黒鋼だけが理解できたことだろう。
「じぶんがわかればいいよね」
とんだ勘違いであることをいくら言い諭したとしても人はなかなか認めようとはしないだろう。
ならば。
体で染みこませるのが一番手っ取り早い。
なんとも乱暴な結論だが、ファイも同じ意見のようで見る間に手早く袖を纏める。
さすがに真剣は不味かろうと黒鋼が訓練用の細い丸木を投げた。そういえば高麗と呼ばれた国では棒術らしき動きもしていたのだったか。
「お前ら」
伏せたままの下忍たちに声をかければびくっとその肩が大きく震える。
それほどに怖がるのならばそもそも根も葉もない噂に興じなければいいのだが。
「あいつと戦って誰か一人でも勝てたら不問にしてやる」
半ば呆れながら黒鋼が告げた言葉に下忍たちが信じられないと言うようにその顔を窺った。
下忍たちからすればあまりにも予想外すぎるのだろう。
だが。
「だれでもいいやー。かかってきてー」
へらり、と笑う男娼ごときにおくれをとるなど曲がりなりにも忍としての矜持が許さなかったのだろう。
それぞれ模擬訓練ようの武器を手にして、忍の纏う気配が実戦のそれへと変わる。
「始めろ」
黒鋼の声が合図だった。
数分後。
黒鋼の手前、地に叩き伏せながらもあまり目立つ怪我をさせないようにと当初考えていた忍たちの目論見は大きく外れた。
「黒様。忍者さんたち弱くて大丈夫なの?」
地に叩き伏せられたのは自分たちであり、ついでに男娼扱いしていた人間に傷口に塩をすり込まれる。
ちなみにファイに悪意はない。
純粋に彼らに守られる立場の知世や天照を案じての言葉だ。
帝お抱えの忍軍として持っていた矜持と技とをぽっきりとへし折られた男たちを尻目に、二人は悠々と引き上げて行く。
「ねー、黒様ー、動いたら汗かいたよ」
「汗かくほど動いてねえだろ」
「にーぶーいー。一緒にお風呂入ろうって言ってるのー」
「どうせまた汗かくぞ」
「じゃあ明日はお布団洗おう」
ついでに噂以上に恐ろしい真実の暴露というとどめも刺していく。
日本国忍軍徒然苦労話③
黒鋼が帰還した直後、片腕が義手となったことを危ぶむ声が一部忍軍の中にあった。
戦力の弱体化が他所に漏れたならば、日本国の要たる帝、姫巫女が狙われる危険性が増す。
そのような危惧を帝に進言するものもいた。
だが、文明の発達した異界で作られた鈍色の義手は赤眼の忍者の体に馴染み、密度の高いものであった旅の経験はその心身の成長に拍車をかけていた。
一層の技の冴えを白刃に乗せ、害なす者を切り伏せる黒鋼は依然として屈指の戦士として日本国日本国随一の忍であり続けている。
旅から帰った後の黒鋼は、城内で寝起きすることがほとんどだった昔とは違い、今は城のすぐ近くに屋敷を構えそこに暮らしている。
忍は帝率いる軍として、また姫巫女の身辺警護も兼ねて城詰めの時間も長いがそれでも全く休日がないわけではない。
大きな魔物の襲撃もなく、他国からの侵入者もなければそれは実に長閑な休みだ。
そんな日に何故か黒鋼宅に遣いに寄越された可哀想な忍が一人。
敵の急襲ともなれば否応無いが、こうして「比較的」急ぎの用件の伝達で黒鋼の屋敷を訪うのは非常に勇気がいる。
その理由として黒鋼と今一緒に暮らしている人間の存在がある。
異国の人間らしいが細身のその外見とは裏腹になかなかの手練れで、数人がかりで勝負を挑んだ者達が返り討ちにあった。
さらに恐ろしいことは「男妾」と揶揄されるのをあっさりと認めて更なる反撃にしてしまうことだろうか。
飄々としていてにこやかに振舞うその姿と、行動の落差に百戦錬磨の忍でさえも引いてしまう。
動じないのは黒鋼くらいのものだ。
既に恐怖伝説の域である。
その黒鋼の屋敷。
門をくぐってすぐ、目に付くところに紙が一枚。墨で黒々と一言書き記してある。
まだ細かいところが筆に慣れていないらしい手蹟はおそらく黒鋼の同居人と想像ができる。
「いちゃいちゃ中」
門から一歩。あと一歩。
どうしても敷地内に踏み入ることが出来ず、遣いの忍はだらだらと嫌な汗が吹き出すのを止められなかった。