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進んでない!おかしい!もしかしてこれ「花の~」の二の舞では…orz
拍手ありがとうございます。
水商売とパッと言うと性風俗産業を連想しがちですが、言葉の意味としては「人気で左右される職業」のことらしいですね。
日本語って面白い。
では下からどうぞ~。
店のオーナーから急に人を探していると言われて、すぐに思い出したのは苦学生な隣人だった。
交通事故で急にフロアスタッフに穴が開き、正式に人が見つかるまでの繋ぎでいいから誰か心当たりはないかと聞かれたのだ。
割と身持ちの固いと言おうか、考え方が古風あるいは真面目と言おうか、黒鋼はファイのバイトの斡旋に少々難色を示した。
職業に貴賎は無いとは言っても好き嫌いはあるものだし、やはり水商売という独特のイメージは芳しいものではない。
「あのねー、ホストクラブっていってもそんなあやしげなお店でもないしぼったくりバーでもないからねー?」
黒鋼の渋面にファイは小首を傾げた。
そういえばホスト経験が長いおかげで、いわゆる夜の世界の人間とは結構顔見知りなこともあり水商売というのが特別なことでもないように思っていたのだが。
もしかしたら普通の人の『水商売』に対する反応というのはこんなものなのだろうかと思った。
「何も黒様にホストしろって言ってるんじゃなくてぇ…、お客様を席まで案内したり、食べ物や飲み物運んだりとか、普通の居酒屋の深夜バイトだと思ってくれたらいいんだけどー?」
難しい顔をして考え込んでいた黒鋼だったが、ファイの示した時給がよほど魅力的だったのだろう。
加えてこのご時勢、バイト一つ探すのもどうやら大変らしい。不承不承ながらも最後には承諾の意を示した。
最初は渋っていた黒鋼だったが、意外なほどにその勤務態度は真面目ですぐに店からの信頼を得た。
隙なく黒服を着こなし悠然とフロアを横切る姿に、ホスト目当てで来店したはずの女の子の眼がちらちらとそちらに向けられているのをファイも知っている。
「いっそこのまま店で働いてくれないかしらねえ」
艶やかにボルドーのドレスを着こなしたオーナーが感心したように嘯く。
それにくすくすと笑いながらファイは答える。
「無理ですよ~。だってフロアに出てもらうのだってオレがどれだけ苦労して口説き落としたと思ってるんですかぁ」
惜しいわね、と満更でもなく呟くオーナーが意味ありげにファイをちらりと見る。
「?」
それを訝しく思う間もなく、オーナーが口を開いた。
「助けてあげなくていいの?」
見れば、少々酔っ払った客の一人が黒鋼にしなだれかかっている。相手が客、しかも女性とあっては力づくで振りほどくわけにもいかず、黒鋼は表情に出さないまでも困っているのが見て取れた。
「わー、黒様モテモテ~v」
けらけらと笑うファイだがさすがにこれを放置しておくと、次から二度と頼みごとなど聞いてくれなくなる恐れがある。
茶化すよりもさっさと助け舟を出してやる方が良いだろうと判断した。
「ごめんね~、その人オレのだから取っちゃ駄目~v」
「誰がいつお前のモンになったっ!!」
途端に黒鋼の怒号が店中に響き渡った。
ファイのいい人なら仕方ない、と解放された黒鋼だったがその機嫌は下降線を描いている。
店中に「オレの」宣言されていい気分なはずはないのはまあ当たり前だろう。
ファイの言動になれているらしい他のホストや常連が気の毒そうに、あるいは可笑しそうに流してくれたのだけが有難かった。
その張本人はというと、閉店時間間際とは言え酒を過ごしてうつらうつら船をこいでいる、というホストにあるまじき姿で特別室に陣取っていた。
「お客さんも少ないし寝かせときなさい」と、大らかなのか大雑把なのか非常に判断の難しいオーナーの言葉に甘えてファイを特別室に引きずっていった黒鋼は大きく息をついた。
人を散々に振り回しておいてなんだこの男は、というのが正直な感想である。
正直なところ実入りのいいバイトの紹介は有難かったし、始めてみると思っていたよりもいかがわしい店ではないことも分かった。
かといって長く続ける気もないのだが、当分はここで食い扶持を稼がないと生活が厳しいのだ。
ファイの案内がなければ無事に来月まで生活できたとは思えない。それには感謝している。
ファイが連れてきた黒鋼をオーナーは面接もせずに「じゃあ今日からよろしくね」と非常に軽いノリで雇ってくれた。
それでいいのか、とその時は突っ込みを入れたくなったが、あれでなかなかのやり手らしい女性は大胆な性格と細やかな目配りで店の隅々まで掌握しているらしい。
『ファイがまともな男を連れてきたのは初めてだわ』
どうやらファイの男関係も把握しているらしいオーナーが黒鋼に最初に言ったのはそれだけだった。
「…ったく」
どれだけ妙な男に引っかかっているんだ、こいつは。そう心中で毒づく。
いつの間にかすやすやと眠りについているその安穏とした顔がまた腹立たしい。
『疲れたんでしょ、貴方が来てから子どもみたいにはしゃいでたから』
寝かせて置けと言ったオーナーが可笑しそうにそう言った。これだけファイが懐くのも珍しいと彼女は笑った。
一度恋人と名のつく相手が出来ると、盲信と呼べるまでに痛々しい献身を施すファイが、これだけ打ち解けるなんて信じられないのだと笑う彼女の顔は優しかった。
『オレと黒様だけなら世界は平和なのにね』
不意にファイの言葉が蘇る。
「人を散々振り回してるヤツの言うことじゃねえだろ」
黒鋼はもう一度ため息をついた。
どうにも奇妙な人間に懐かれたらしい。