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TD様リクエスト「十二国記パロ」です。
せっかくのリクエストなのにもう少し明るい内容にならなかったものかと…。
ほのぼのな主従の日常も書けたらいいな、と思ってます。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
麒麟とは慈悲の生き物である。
情け深いその性質をもって、仁獣と呼ぶ。
遍く民の上にもたらされるその慈悲をどれほどの敬慕でもって受け入れるのか、およそどのような言葉でも語りつくせることではない。
「その慈愛の範疇に自分は入っていない、ともすれば向ける方向性が違ってるじゃあ話にならんな」
剣もほろろに言ってのけるのは玉座の王である。
自国の麒麟に手厳しいことこの上ない言葉だが、その慈悲とやらに散々振り回される第一の人でもある。文句の一つや二つ言いたくもなるのであろう。
苦笑を湛える官はそんな王の態度にすっかり慣れている。
王の手にある書簡には罪人の減刑を嘆願する旨が書かれている。それにざっと目を通し、不裁可の決を下すと王の意識は次の書簡へと向かう。
「何のための秋官だと思っている。可哀想の一言で処罰を反古にされては意味がない」
武官出身の王は言うことに容赦がない。規律を乱せば集まりは容易く瓦解する。それを身を以て知っているのだ。その一方で情の無い王ではない。
不機嫌そうに、けれど速やかに裁可、不裁可は下される。
「あのね黒様ー。オレはねー、…人殺しの麒麟なんだー」
この麒麟の話が唐突なのは今に始まったことではない。
まるで幼子のように脈絡のないことを平気で話し出すその突飛さに最初は面食らったものだが、いい加減数年も経つとそれも当たり前のことになる。
麒麟とはそんなものかと思ったが、幾度か対面した他国の麒麟はそうではなかったところを見ると、どうにもこれの個性であるらしい。
しかし人殺しとは物騒な話だ。
「血の匂いだけで酔う奴がどうやって人を殺せるんだ」
阿呆か、と突き放す主に軽やかな笑い声を上げ、ファイはころりと庭院に寝そべった。行儀が悪いと咎める者はいない。
あまり自己主張をしない小花が綺麗に整えられている庭院はこの麒麟の気に入りだ。
「オレが蓬莱で生まれたのは知ってるよねー。…蓬莱出身の人ではなかったけれど家族もいた。双子のね、兄弟がいたんだ」
穢れを厭う麒麟は蓬莱では長く生きられない。王を見つけることの出来なかった麒麟の寿命よりもそれは遥かに短いがために、当時の混乱がどれだけ酷いものであったかそれよりも後に生まれた黒鋼も伝え聞いている。
知ってはいたが、こうしてファイ本人の口から聞かされるのは初めてのことだ。
「オレはね、麒麟だったからなのかそれとももっと別の何かがあったからなのか…とにかくあちらの世界では異端だった。オレの片割れも同じでね、いつ死ぬのか分からない毎日だったなぁ」
けっして貧しいとは言えない環境でありながら、彼らは虐げられて育ったのだという。
「それでもね、絶対に手は離さないって決めてたのに…」
不意に途切れた言葉に、黒鋼がファイを振り返る。瞳を空から隠すように、両腕を交差させその顔は半分以上見えない。
掠れたように、細やかな声がかすかに零れる。
オレはね、その手を離してしまった。
無理矢理に口角を上げたその顔は、たとえそうでなくとも泣いているように思えた。
「一緒に来るつもりだったんだ…。でも、オレの力は不安定で、自力ではあちらからこちらには渡れなかった。虚海を…越えられなかった」
手を離してしまった、ともう一度ファイは呟く。黒鋼はただ黙って聞いている。
二人で、と望んだ幼いその手は虚海を越えるための力には耐えられなかったのだ。
「この世界にきて、皆に優しくされて…王を選んだ。だけどね、王は壊れてしまった。だからオレはその時…きっと、弟を殺してしまったから、罰があたったんだと思ったんだ」
生きながらえたことを後悔しているのか、とは聞かない。二人が王と麒麟としての生を受けた以上、それは無意味な問いだ。
けれど、ただ今は王と麒麟ではなく、黒鋼とファイとしてここに在った。
慰めの言葉はない。
ただ、人として生まれたその片割れを無くし、最初の主を失ったことを悲しむ時間を与えてやることは、きっと黒鋼にしか出来ないことだ。
さやさやと幾度繰り返されたのか分からない木々の葉の擦れる音が途切れた僅かな合間、ありがとうと小さな囁きが聞こえた気がした。
今日も不得手だという机仕事に、王は苦々しげな表情を隠さずに座っている。
仁重殿から回ってくる書簡の大方に不裁可を与え、時々自分の麒麟に毒づきながらだ。
何でも許してやればいいってもんじゃないだろうが、という呟きを当の秋官が「宰輔は慈悲深くていらっしゃるから」と取り成している。
そんなやり取りを繰り返しながらも、王の決裁する次の書簡の減刑嘆願に裁可が下されたことに気がついた官は、そうと知られぬようにひっそりと微笑んだ。
この国は、当代の麒麟を台輔と呼ばない。役職の宰輔と呼ぶ。二代に仕える麒麟が「台輔」と呼ばれるたびに、先王を思い出してひっそりと傷ついていたことを最初に気づいたのは王だ。
だから宰輔と呼ばれる麒麟はこの王だけの麒麟なのだ。