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桃梗様リクエスト「黒ファイ(日本永住・特殊)家族団欒の中でさりげなく甘い夫婦」
特殊設定は幸せ街道を突っ走ることが出来るので楽しいです。
オリキャラとかお子様とか苦手な方には申し訳ない。
補足すると特にお子さんたちには名前はついていません。
古典なんかであるように息子→若君、長女→大姫、次女→弟姫(乙姫)、末っ子→小姫と便宜上呼んでおります。
(これ以上増やすつもりはないしちょうどいいかと)
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
ひっくり返って泣きじゃくる娘の姿に黒鋼は微笑ましく思うべきか呆れるべきか若干迷った。
領内の視察から帰って来たばかりの黒鋼には事態が飲み込めない。
「なんだ、これは」
「黒様~」
困り果てた顔のファイが黒鋼を見上げて情けない声をあげる。宥めているもののちっとも効果がないようだ。
そろそろと双子の娘の片割れが頭を撫でてやろうと手を伸ばすものを、泣いている娘は両手と言わず両足と言わずばたばたと振り回して慰めを拒絶する。
癇癪が一層激しくなったようで、泣き声が激しさを増した。
数えでようやく五つになろうかという齢だ。
魔力の強い血を受けい継いだのは双子の娘両方で、並の子どもよりいくらか成長が緩やかなため年よりも幼く見える。
淡い紅色の柔らかな頬が泣きじゃくっているおかげで痛々しいほどに赤い。
普段なら父親よりもよほど巧みに妹の機嫌をとる息子も困り果てて黒鋼を見ていた。
「どうした。ほら、泣くな」
子どもの柔らかく頼りない体をひょいと抱き上げ、いささか乱暴ではあるもののぼろぼろと零れた涙で濡れた目元を拭ってやる。
ひっくひっくとしゃくりあげて、これでよく泣き続けていられるものだと感心すらしてしまう。
拭う端から大粒の涙が滲んで、ファイそっくりの蒼い瞳が今にも溶けて落ちてしまいそうだ。
父親に抱き上げられ、ぱちぱちと大きな瞳が瞬く。そして、ちちうえ、と舌足らずに呼んで黒鋼の首にぎゅっとしがみついた。
ファイに目配せをして、黒鋼は抱き上げた娘の背中を軽く叩いてあやしながら別の間へと歩いた。
不安そうに見送る息子と娘にファイが大丈夫、と言い聞かせているのが襖越しに聞こえた。
領主の私室は普段ならば子どもたちには入ってはならないと厳命してある場所だ。白鷺城や他の領土との連絡や機密などはもっと厳重な場所に仕舞ってあるが、黒鋼やファイの使う武器や道具が置かれてある部屋は子ども達には危険すぎる。
滅多に入ることの出来ない部屋に、少しだけ気が紛れたのか腕の中の娘の泣き声は小さくなっていた。思い出したように鼻をすすったり、ひくりと震える喉にまだ落ち着いていないことを知るがそれでも随分マシだ。
黒鋼は胡坐をかいて座り込むとその膝の上に娘の体を下ろしてやる。
ぽんぽん、と柔らかな髪や小さな背中を撫でるように軽く叩いているといくらか落ち着いたのだろう。蒼い瞳が黒鋼を見つめていた。
「どうしたんだ」
出来るだけ優しい声音を作ってやりながら聞く。
途端にきゅっと小さな唇を引き結んだ娘の顔が思い出したように泣きべそをかく。
「だって、…乙だけだもん」
ふえ、と猫の仔のように頼りない泣き声だ。黒鋼もいささか慌てる。
「何が乙だけなんだ」
「…ちちうえとお揃いじゃないの」
は、と黒鋼は軽く息を吐く。
「だってあにうえも、大姫も、小姫も。ちちうえとお揃いがあるのに…乙だけないの」
思った以上に可愛らしい理由に、泣いている娘には悪いのだが笑ってしまいそうでしょうがない。
息子は黒鋼の雛形かとからかわれるくらいよく似ている。瞳の色だけファイから譲られた金色だ。
双子の娘はどちらもファイよりも色濃い琥珀色の髪をしている。ただ、その瞳の色は違っていて、大姫と呼ばれる娘は黒鋼と同じ赤で、乙姫と呼んでいるこの娘の瞳は蒼だ。
今まではそのことに何も疑問を持っていなかったらしいが、事情が変わったのは先日だ。
妹が生まれたのだ。
黒髪に、蒼い瞳。両親のどちらからも色彩を受け継いで生まれた赤子の誕生に領内は喜びに溢れかえった。
当然初めての妹という存在に喜んだのは娘たちも同様だったのだが。唐突に娘は気がついてしまったらしい。
日本国では珍しい淡い色の髪と、母親譲りの魔力を宿した蒼い瞳。そのどこにも父親に似たところがない自分の姿に。
そして母親に何故自分は父親に似てないのか詰め寄って大泣きしたらしい。大好きな兄にも双子の片割れにも手が付けられないほど大泣きした理由がそれかと思えば黒鋼には可愛くて仕方がないのだが。
忍び笑いを漏らす父親に憤慨した娘が笑っちゃ駄目、と抗議する。
悪かった、と全く悪びれない態度で答えながら黒鋼は娘の頭を撫でると懐から小さな包みを取り出した。
まろい頬をからかうように抓みながら言い聞かせる。
「お前のどこが俺に似てないって?気が短くて癇癪起こして、周りを困らせてるとこなんかそっくりじゃねえか」
「そっくり?」
小さな顔で不思議そうに父親を見上げながら娘が繰り返す。
「おう。誰でもいいから後で聞いてみろ。皆そっくりだって言うぞ」
「母上も?」
「言うぞ」
「乳母も?」
「ああ」
「つくよみ様も?」
「…腹抱えて笑うくらいそっくりだ、とか言われそうだな」
繰り返し断言されて、じわじわと顔に笑みが戻ってくる。嬉しそうに、恥ずかしそうにはにかみながら父親を見上げる娘の髪に、黒鋼は包みから取り出した綾紐を結んでやった。
見てみろ、と促されて姿見を覗き込んだ娘の瞳がぱっと明るく輝いた。
嬉しそうに黒鋼を振り返りはしゃぐ。
「お揃い!」
「お揃いだな。ほら、これを大姫にも渡してこい」
髪に結ばれた赤い綾紐を嬉しそうに揺らしながら、娘は父親の手から蒼い綾紐を受け取ると嬉しそうに跳ねた。
母親と双子の片割れに見せたいのだろう。小さな手で黒鋼の手を引っ張り、早く早くと急かす。
先ほどまでの大騒ぎなどけろりと忘れたような笑顔に黒鋼は苦笑した。
引っ張られるままにファイや息子たちの待つ座敷まで戻ると、娘は途端に姉妹に突進するような勢いで飛びついて嬉しそうに綾紐を見せる。
ねだられるままに妹の髪にそれを結んでやる息子の姿を見ながら、ファイが黒鋼の傍にそっと寄って「ご苦労様」と囁いた。
「大変だったんだよー。父上とお揃いじゃないー!って」
「らしいな」
「うちの子たちはみーんなお父さん似なのにねえ。負けん気の強い癇癪持ちなんて君譲りの性格以外の何でもないのにー。
ほら、小姫だってこの騒ぎで泣きもせずにすやすや寝てるんだよー。本当に逞しいねー」
「…妙なことに気を回し過ぎるのはお前に似てんだろうが」
きゃあきゃあといつも通りはしゃぐ子どもたちの姿を見つめながら、傍から見れば夫婦漫才以外の何でもない会話を続ける領主夫妻に侍女たちも思わず笑いを押し殺す。
仲の良いことで、と年嵩の侍女の言に言い返せない領主はそれを聞かなかったことにした。
気まり悪げに眼をそらす黒鋼にファイが笑い声を上げる。子どもたちの笑う声もかぶさり、いつも通りの賑やかさだ。
言わなかったことだが、黒鋼は淡い色の髪と蒼い瞳の小さな娘の姿を見るたびに特別の感慨が湧く。
愛しいと思ったその相手が身に宿した、自分にとって特別な色なのだといつか教えてやる日がくるのだろうか。
今はまだ誰にも教えるつもりはないのだけれど。