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では下からどうぞ。
ファイが顔を出すと、何やら教室が随分と騒がしかった。
賑やかで元気な生徒が多いとはいえ、それは節度が無いということとイコールではない。
それまで雑談に興じていても、ホームルームの時間に教室に現れた担任に挨拶するのが普通のことだった。
「どうしたのー?」
どうやら一人の女生徒の周りに何人かが集まっているようだ。
その輪から少し離れたところにいた生徒がファイに気づいて慌てて「先生」と呼ぶ。
声に反応して、輪になっていた生徒やその中心になっていた女の子が慌てて顔を上げた。女の子の顔が半泣きで頬が真っ赤になっているのを見て、ファイはその子の前に膝をついて屈みこむ。
ホームルームなんて、泣いている生徒を放り出しておいてまでするようなことではない。
「先生…」
口にしてもいいのかどうか、逡巡している生徒たちににっこりと微笑みかけて理由を促す。
もうとっくにそんな時間から遠ざかっていしまった人間からすると、不安定な年頃の悩みは些末でおひどく陳腐なようにも思えることもあるけれど、それを抱え込んでいる本人たちには深刻な問題だ。
子どもだと言い切ってしまうことも、かといって完全な大人として扱うことも出来かねるアンバランスさを、少しでも落ち着くように支えてやることくらいしか出来ない。
それくらいしか出来ないのならば、それを全うするのが役割だろうともファイは思う。
泣いている女の子は先週、初めて彼氏とデートした水族館が「カップルで行くと必ず別れる」というジンクスがあることを、今日になってクラスメイトから聞かされて混乱してしまったらしい。
思わず苦笑したファイの反応に、くだらない理由だと思われたのだろうかとぎゅっと俯いた生徒の肩は小さく頼りない。
随分と幼い理由のようにも思えても、彼女の世界は今そのほとんどがショックと悲しみで構築されているのだ。
それ以上悲しませないようにといつもよりも声を和らげて、ファイは優しく声をかける。
「それはショックだったよねぇ。せっかく好きな人とデートしたのにー」
少女の小さく握りこまれた手がスカートに皺を刻む。それに視線を落とし、ファイは微笑んだ。
「でもね、大丈夫だよ。あの水族館でデートしたら別れちゃうなんてないよー」
え、と軽い驚きに顔を上げた生徒にファイは片目をつぶって見せた。
「オレもね、大好きな人に連れて行ってもらったことあるんだー、その水族館。イルカが見たい!って我儘言ってー。あ、それって最初のデートになるのかなー?
でね、今もその人と幸せー」
だから大丈夫だよ、と重ねて言うファイの言葉に、ぽかんと小さく口を開いた女の子はしばらくしてから、嬉しそうに頷いた。
水族館でデートしたなんて生徒たちが噂したら、「べらべら喋るな」ときっと黒鋼が怒るだろうが。それでもきっと許してくれるはずだ。