[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
堀鐔小話です。
双子と黒鋼。
では下からどうぞ。
「ユゥイのご飯が食-べーたーいー」
携帯越しでも大騒ぎしているのがわかって少しばかり耳から携帯を遠ざける。
朝から声高に主張していた双子の兄は今日の気分はイタリアンだったようだ。
かといって、いざ何が食べたいのかと尋ねると「何でもいいよー」と作る人間にとって一番困る返事しか返ってこなかった。
ユゥイは新鮮な野菜が積み上げられた売り場の前でしばし考える。
たまの休みだし、自分の目で確認できる物は出来ればこの機に購入しておきたい。
幸いなことに臨時講師としてユゥイを呼び寄せた理事長は、食への情熱はそのプロポーションと反比例する勢いで旺盛で、食材から器具に至るまで大いに私情の入った仕事の環境の整え方は本職の飲食店にも引けをとらない。
ただ、仕事はそれとしてもその恩恵に私生活まで甘えてしまうのは心苦しい。
公私の区別はしながらも、可能な範囲で私生活でも料理にはこだわりたいと思ってしまうのは根が料理人だからだろう。
(お肉…魚も買っておきたいなあ)
結局献立に悩んで兄に電話したが、返事は前述のとおり。せめて肉料理か魚料理かだけでも言って欲しい。
仕方ないなあ、とため息をもらしたユゥイは携帯の向こうでいまだに「ご飯ー、ユゥイの作ったごーはーんー」と言い募るファイを遮った。
「ファイ」
「ユゥイのご飯食べたいんだよー」
「それは分かったから…」
ひとまず、だ。
「今隣にいる人に何が食べたいか聞いて」
「うん」
黒様ー、と電話越しの音が遠ざかり、ストラップが揺れて携帯にあたっているらしい音やざっとノイズに似た雑音がしばらく続く。
ややあって、
「お肉。野菜も多めででもごちゃっとしてないのだってー」
ようやくまともな返答が返ってきた。
今日は豚肉グリルバルサミコソース、それにカポナータとサラダをつければいいだろう。
そう考えて、思いがけず買い込んでしまった食材の入った袋を両手に提げて店を出たユゥイの耳に双子の兄の呼ぶ声がした。
教員宿舎でも職場の駐車場でもよく見慣れた車では、引きずられてきたらしい体育教師が運転席で仏頂面をしている。
助手席のドアを開けてファイがユゥイを手招いていた。