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というわけでさやかな、の続き。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
ファイが相談したのは、屋敷の中でもひと際年嵩の侍女頭だった。
黒鋼の幼い頃を知っている彼女は、領主が頭が上がらない一人でもある。
「ご領主に女人を…?」
「はあ…」
何か奇妙なことを言っただろうか、とファイが思わず顔色を窺ってしまうほど苦りきった顔を侍女頭はした。もちろん奥向きの用を一手に引き受ける彼女はすぐさまそんな表情など消して、いつも通りの笑顔を取り繕いはしたのだけれど。
「巫女様はご領主様の縁組をお望みでいらっしゃいますか」
「え、…。そろそろそんな頃合いじゃないかなーって…。言われるまでオレもあまり気にしてなかったんですけど」
自分がそもそも乗り気でないのだ。それを誤魔化すように、ファイは首を傾げた。
「オレは魔力が強いせいで普通とは年の取り方が違うんで…気づいていなかったんですけど、そういえば黒様も結婚してもおかしくないお年頃なんだなーって思って。
日本国の一領土、と言っても安定し始めた土地が後継がないのを理由に近隣と妙なことになっても困りますしー」
跡取りがいなければ係累から養子を迎えることもあるが、それが黒鋼にはない。諏倭の領土をなんとか手に入れようと考えている隣り合う領地の主たちがそこを狙ってもめ事を起こせば、結局巻き込まれるのは領民だ。
「黒様にも、…家族が出来たらいいなーって」
結局はそこなのだ。ファイの願いは。黒鋼に幸せになって欲しい。
怖そうにみえて、あれで案外子どものあしらいは上手かった。元々小さい子の相手をするのが嫌いな性質ではないのだろう。
表面上は分かりにくいけれど、本質は優しい人だから、きっとどんな女性であっても黒鋼を嫌いにはならない。
そう思ったファイの前で、意外なことに侍女頭はすぐには頷かずなにか考え込んでいるようだった。
何か駄目なことでもあったのだろうか、と不安に思うファイに気づいたのか、侍女頭は顔を上げるとにこりとファイに告げた。
「巫女様のお考えも尤もかと。ですが、ご領主の傍に付けるのですから、それなりに出自や後ろ身を選定せねばなりません。むやみに数を増やして女同士の争いが起こっては内憂ともなります。
側室であっても正式に側室のご身分に置かれるならば、それを一度白鷺城へ御報せした方がよろしいかと…」
「じゃあ、知世姫に…」
さっそく連絡しよう、と立ち上がりかけたファイを侍女頭がやんわりと引き留めた。
「巫女様、おそれながら巫女様は日本国の縁組の段取りにあまりお詳しくはないのでは?差し出がましい振る舞いではございますが、私が右筆として文を送らせていただいてもよろしゅうございますか」
「あ…。じゃあお願いします」
言われればその通りで、ファイは日本国の婚姻の作法も段取りも知らないのだ。領主の結婚や側室の受け入れになると、形式や何かがあるのだろうと納得して、ファイは侍女頭に文を任せた。
さらさらと侍女が流れるように書きつけた料紙に、最後に慣れない日本国でのファイの名を書き添えて白鷺城あての文が完成する。
「これでようございますよ」
失敗しないように、とこわごわ名を書き終えたファイを労うように、侍女頭は微笑みかけると伝令を呼んだ。
なんだか一仕事終えた充足感と寂寥感に、ファイはぼんやりとしていた。