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では下からどうぞ。
諏倭の領主の領内視察は、泣き声から始まる。
「いあぁあっ!ちちうえー!」
「いったら、めーなのー!」
「…」
双子の娘の泣き声が黒鋼の耳をつんざく。右足と左足にそれぞれがっしりとしがみ付き、大音響で聞かされては堪らない。
眉間の皺を増やし、溜息をつく黒鋼とは裏腹に、侍女や兵も苦笑というには随分と温かな微笑みを浮かべて見ている。
「前から言っていただろう。今日から二日ほど領内を見回りに行くんだと」
少しきつい口調で咎めると、これ以上ないくらいの泣き顔が一層くしゃりと歪んだ。
まずい、と思った瞬間にも娘たちの口元が歪み、瞳の端からどんどんと新しい大粒の涙がこぼれ始める。
「やあだぁー!」
「いーやぁー!」
父親の困惑などそっちのけでジタバタと暴れ始めた娘二人を、すかさずファイと息子がそれぞれ一人ずつ抱え上げて捕えた。
びいびいと泣いて暴れる娘たちを、ファイは片手で抱き上げて背中を撫でながら。息子は両腕で背後から抱き上げながら。黒鋼の出立を促す。
「こらこらー。父上を困らせないの。ほら、泣かない泣かなーい」
「父上ー。おれと母上が姫たち抑えてるから。早くいってらっしゃーい」
「…行ってくる」
領内視察よりもこちらの方がよほど心身ともに疲れる。そう心底感じながら、黒鋼は馬へと跨った。
大変ですな、と兵が笑いまじりに声をかけるのに「まったくだ」と同意を返しながら、それでも悪い気はしないのが不思議な話だ。
涙と鼻水で顔中べちゃべちゃになった幼子が可愛くてならないと感じることに、胸の内がくすぐったくさえも感じる。
出立したばかりだというのに、早くも帰りのことを考えながら馬を走らせた。