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十話で終らせたい。終らせたい(涙)
絶賛ゲシュタルト崩壊中。
そういえば私の黒ファイ長編の傾向で精神的にグダグダやってんのはファイで、肉体的ダメージを与えられてるのが黒鋼のようです。
だって黒鋼頑丈そうだから…。
ではアンソロ原稿の追い込みがあるので今日の更新はこれにて。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
この地に降り立った時、はっきりと分かった。
優しい月の加護がこの国には満ちている。
長い旅の途中、幾度もこの国に降り立ち、この国の人々に助けられた。
太陽の輝きは苛烈だが、それなくして人は生きていけない。
太陽が姿を隠す夜には、月と星の光が人の心を安らがせ、穏やかな眠りへと誘う。
帝と姫巫女と。二つの尊い存在に守られた国。
日本国。
一人で幾つもの次元を、世界を巡ってからはここへと辿りついたのは初めてだった。
懐かしさよりも、僅かな恐ろしさに心臓の奥が震える。
降り立ったばかりのファイには、この世界の時の流れが分からない。
次元を渡り歩いたファイの体に刻まれた時間の流れと、この世界に流れた時間が同じだとは限らない。黒鋼の手を離して歩き出した時から、何年も、それこそ何十年だって経っている可能性だってある。
僅かに肌を粟立たせる夜の寒さが「秋」と呼ばれる季節なのだと、教えてくれた彼が、もうこの世界に生きていないかもしれないことも。
また会おう、と言って別れた時から、心の片隅で覚悟していなかったわけではない。
世界は幾つもあって、その間では幾つも違う時間が流れている。彼に出会えることの方が奇跡のような確率なのだ。
それでも。ファイは求めずにはいられない。
きっと、砂漠の砂を一粒ずつ数えるような愚かな真似であってもやりとげるのだろう。
愛しい人にまみえるためならば。
髪は魔術で黒く染めた。
瞳の青色ばかりは自らの魔力の源なので変えようがなかったのだが、この国で出来るだけ目立たないようにするならば金色の髪は隠した方がいい。
目立たないよう身なりを取り繕って、人の間を歩いてまわり、都を目指す。
さすがに自分がどこにいるかや到着地点が全く分からないままに魔術で転移することは難しい。
願う人のもとへ簡単に飛べる魔法があるのならば、と思う。子どものような欲求だった。
緑の木々が色づき、目にもまぶしい赤や金色に輝いている。
城下町の大通りには人が賑わい、歩みを止めるでもなく美しい彩をあるがままのものとして受け入れている。
日本国で過ごしたことがある、と言っても城に身を寄せていたことがほとんどであり、こうして人の営みを間近で感じるのは物珍しい。
きょろきょろとファイは辺りを見回し、誰にも気づかれないように姿を隠す術を自らにかけた。
あからさまに聞き耳を立て不審がられるような振る舞いはしないが、人目を気にせずに雑多な情報を集めようと思ったのならば自分という存在を消してしまうのがいい。
隠形の術を施したまま人波をゆっくりと歩く。
時折帝や姫巫女の名前が人々の口から出るが、真名を呼ぶことを憚るこの国では天照、月読、といった号でしか呼ばれない。
ここに降り立った当初は、当代が自分の知っている帝や姫巫女と違う人物かもしれない、とも思っていたファイだったが城に近づくにつれて確信した。この結界を張り巡らせているのは間違いなく「知世」と呼ばれた姫巫女だ。無論、そんな不遜な所業はたった一人しか当てはまらない。
自分が恐れていたほどに時間が経過したわけではないようだった。けれど、知世もまた強大な魔力をその身に宿している。ファイと同じように、常人とは時の流れが違いすぎる。
不安は拭えない。
通りすがりに若い忍や兵が多く寝泊りをする兵舎があるのだと耳にして、その一画へと足を向けた。
良くも悪くも目立つ男だ。
彼が存在しているのならばその所在は誰かが知っているはずだった。
時折姿を現して兵舎までの道を尋ねる。
慣れない景色に戸惑いながら、ファイは兵舎を探した。
二、三度人を呼び止めたところで、ファイがこのあたりの地理に詳しくなさそうなのを見て取った老爺が帳面に兵舎までの道のりを詳しく書いてくれた。
「若い独り身の連中は大概ここにいるさな。もっとお偉いのになると城ん中に家を貰ってるもんだが」
墨が乾くまでの間、白湯を馳走になりながら口頭で説明を受ける。
「あんたの尋ね人がここにいなきゃあ、ちぃっとばっかり北に行ってみな。所帯構えた連中や城住まいをめんどくさがってる奴らはそっちに住んでる。そっちは幾つか家が並んでるから、目当てがわかんなきゃ留守番の女房かがきんちょ捕まえて聞いた方が早ぇぞ」
「ありがとうございます」
気さくな老爺に頭を下げ、謝意を示すと老爺はからからと笑った。
道を尋ねた人は皆親切で、ファイの物慣れない様子を敏感に察しては通りすがりには勿体無いような気遣いをしてくれた。
もし黒鋼に会えなくても、これが彼の生きた世界なのだと思えばきっと幸福だろう。
そうしたら知世に顔だけ見せて自分はまた旅に出よう、と考えた。
幾つも幾つも、次元を巡れば、その中には時を遡った世界があるかも知れない。彼の生きる世界にたどり着くまで諦めなければいいだけのことだ。
「眼つきの悪いおっかない男が出てきても吃驚するなよ。一応忍の筆頭だ」
「え…?」
「目が真っ赤なのがちぃっとばっかり怖ぇかもしんねえがな。ま、女房もいることだし、昔よりゃ丸くなってるらしいぞ」
瞬間。
心臓が、体が凍りつきそうなほど冷え切ったというのに、頭の芯は熱した釘でも打ち込まれたように熱くなった。
ファイは立ち尽くしてそれを見ていた。
自分に魔力が備わっていて良かった、とぼんやり思う。
穏形の術をより堅固にして、いっそ生き物の気配も悟らせぬほどの強固な結界でもって自分という存在を消し去った。
みっともない姿を、誰にも見られることの無いように。
大人が思わず見上げるほどの大きな木から、ひら、と木の葉が舞い落ちる。
小さな男の子が歓声をあげて、木の葉が落ちるのを追う。
赤い八つ手のそれを子どもが真剣に拾い上げて見比べていた。
どうやら一番きれいな葉を探しているらしい。
赤い、彼の瞳と同じ色。
満足のいくものが見つかったのか、子どもが嬉しそうに立ち上がった。
振り返り、満面の笑みを浮かべる。
子どもの唇が
「おとうさん」
と『彼』を呼んだ。
全部手放す時が来たと知っていたのに。
否、元々自分のものにはなりえなかった。ただ、幸せで。あまりにも儚いから、錯覚することを許されただけだったのだろう。
それなのに。
この世界から飛び立てない。
ここが、黒鋼の生きる世界だったから。
彼の、幸せがある世界だったから。