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では下からどうぞ。
いつかはそんな日が来ると分かっていた。
まだ雪解けの気配さえも届かぬ季節だった。
干した肉と乾燥させた野菜のスープと木の実のぎっしり入ったパン。そんなもので腹を満たしゆったりと暖炉の火を見つめていた時、それは唐突に訪れた。
「俺、夏になったら一度故郷に戻ろうと思う」
ぴく、と双子の肩が揺れた。
咄嗟には何の反応も返せない。
黒鋼が何も言わず、彼にしては珍しいことに視線を上げないのも、二人の反応を掴みあぐねているからだろう。
いつか、やってくると思っていた。ずっと覚悟していたつもりだけれど、それは所詮つもりでしかなかったのだと今更に突きつけられる。
ファイとユゥイの瞳がかちりと見合される。
嫌だなぁ、と互いの蒼い瞳が呟いているようでどうしようもなく寂しくなってしまった。
黒鋼は強い子で、優しい子で。きっとここを出て一人でも生きていける。いつか彼が出会う人もきっと彼に優しくしてくれる。
もう、子ども、なんて呼べなくなっている。
最初に雪の中で倒れていた彼を拾ってから、もう四度季節は廻った。背ばかり伸びているような印象は抜け落ち、もうすぐファイとユゥイと同じくらいになるであろう身長に見合うように体が作り替わってきている。
手のひらはとっくに二人よりも大きく、骨ばった指が男らしくなった。
低くなった声は時折優しくて、二人を甘やかすようにさえ響く。
今はファイやユゥイよりもよほどたくさんの薪を一人で運べて、冬場の狩りは一番上手い。
出会ったときは隠すことの出来なかった耳だって、今は自分の意思で隠せて完全な人の形だってとれる。
三人で過ごした年月を振り返って、愛しくて愛しくて堪らなくなった。
感傷を振り払うように零れた溜息は随分と大きく響いてしまう。
「…もうそんな頃合いなんだ」
「そんなに早く大人になっちゃわなくてもよかったのに」
なんだよそれ、と呟く黒鋼の両側から挟み込むようにファイとユゥイは腰を下ろした。ぎしりと長椅子が軋む。
ぎゅっと体を寄せれば解け合う体温に、なんだか涙が出そうな気がした。
二人に挟み込まれ、黒鋼が居心地悪そうに身じろいだ。それを無視して双子は黒鋼の両腕をそれぞれ抱き込むとさらに身を寄せる。
「いいよ、もうとっくに君は一人前の男でこの世界のどこでだって生き抜いていける」
「でも忘れないでね。生まれたところと、ここと、どちらも君の『故郷』だって」
「ああ」
引き留める権利なんてないのだ。
無鉄砲な子供を諌めて、留めておくことは出来ても、もう彼はそんな無鉄砲な子供ではない。
いっそ子供のまま、自分たちの庇護下にいてくれればいいのに、と埒もない考えが浮かんできて消えない。
いつの間に、こんな執着心を抱えるようになってしまったのだろう、と言葉もなく双子は互いの瞳だけでそれを分かち合う。
そしてそんな執着よりも、彼の意思を優先させたいくらいに黒鋼のことを愛している。もうとっくに。随分と前から。
ぎゅっとこれ以上くっつきようのない体を無理に触れ合わせても、黒鋼からは文句の一つもなかった。
別離を惜しんでくれているなら、せめてそれだけでも良い。
「忘れないでね…」
「オレたちは、君の家族だよ」