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てか黒鋼+チビ双子話です。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
『誰か拾ってください』
そんな殴り書きのされた段ボールに生まれたばかりの子犬や子猫が捨てられているのは嫌な話だがそう珍しいものでもない。
だが、それが人間だとすると。
大問題だ。
黒鋼が両親を亡くしたのは数年前のことだ。
元々資産家の家ではあったが当時成人もしていない黒鋼がその財産の全てを好きに出来るわけではなく、また本人もそんなことをするつもりも無かった。
事前に親が依頼をしていた代理人が成人するまでの財産管理を行い、黒鋼は慣れないながらも自活を始めた。
幸いなことに代理人はごく真っ当な人間で、黒鋼が未熟であるのをいいことに自分の好きに財産を処分するようなことはなかった。
苦労、といえばそれまで三人で囲んでいた食卓にどうしようもない寂寥感をかんじてしまうこと。そしていかに自分がしっかりしていたつもりであっても、母親や父親に甘えていたのだという遣る瀬無い事実だけだった。
同世代の人間が親の庇護下で自覚なしに甘えた生活を送っているのを尻目に、黒鋼は地元の大学に進むと大学近くのアパートに住み始めた。
月々の生活費や学費はきちんと渡されていたが、自分でも働き始めるようになるとやはり気が紛れた。
悲しくないはずはない。一人で背伸びをしたい年頃であったにはせよ、両親のことをこよなく大事に思っていたのだから。
いつか父親のような男になりたいと思っていた。母親のような妻をもらうのだろうか、と漠然とだが考えたこともある。
そんな大事なもの全部が自分の手のひらから抜け出てしまった喪失感を埋めるのは何も考えないほど忙しい時間を自分に課すことだけだった。
一人で目覚め、一人でまた眠りにつく。
これから先、ずっとそんな生活が続いていくのだろうと黒鋼は感じていた。
どんな運命の悪戯か。そんな予想は一変してしまうのだけれど。
双子を拾ったのは去年の台風の時期だった。
暗く淀んだ空から今にも雨粒が落ちてきそうな中を黒鋼は歩いていた。
大学もバイト先もこの天気のせいで已む無く休みになり、黒鋼は暇を持余しながらも家路を急いだ。
アパートの裏手の駐車場には人気も無く、ひっそりと静まり返っている。植え込みの花が強風に煽られて今にも茎が折れそうなほどにしなっていた。
財布に残っていた僅かな金額で数日分の食料を買い、誰もいない駐車場を黒鋼は小走りに駆け抜けた。
ちらり、と目の端に光るものが飛び込む。
思わず足を止めて振り向いたその先には段ボールがあった。
否、段ボールの中に子どもが二人、座り込んでいた。
光った、と思ったのは子どもの髪が淡い金色だったからだ。
街路樹の根本に置かれた段ボールは今にも曇天につぶされてしまいそうなほど頼りなげで黒鋼は立ち止まってじっと見つめてしまう。
子どもの悪ふざけ、虐待。
そんなことが頭をよぎる。
けれど正直厄介なことには関わりたくもない、と思うのも事実で、見なかったフリだと自分に言い聞かせて黒鋼は身を翻して早足で駐車場を駆け抜けた。
一瞬だけ金色の髪から垣間見えた子どもの瞳が、何も見ていないのが妙に頭に焼きついた。
食料を冷蔵庫に詰め込み、風呂を洗っているうちに窓を幾粒か雨が叩き始める。
がたがたと大きく窓がなるのを聞きながら、浴槽に湯を張る間も、黒鋼の脳裏には焦点の定まらぬ幼子の瞳が浮かんで離れない。
自分には関係ない、と何度も自分に言い聞かせながらテレビをつけるが一向に頭に入ってこない。
悪ふざけをしていただけならばこの天気だ。もうとっくに家に入っているに違いない。
幾度も自分にそう言い聞かせるが、妙に気になって仕方がないのだ。
風呂が沸くまでに少し時間がかかるのをみて、黒鋼は立ち上がった。傘を手にし、「見てくるだけだ」と自分に言い訳をしながら外に出る。
途端に予想していた以上の強い風に傘を持っていかれそうになり、慌ててそれ以上傘を持つことを諦めた。
暗い雲から落ちては横殴りに体に降る雨は身震いするような冷たさだ。
無い、と思いながら黒鋼は駆け足で駐車場へと向かった。
いない、と思いたかった。
夕方にもかかわらず、すっかりとあたりは暗い。
整列する街路樹が一様に風に煽られ、その枝や細い幹は傾いでいる。
どこにあったのかわからないが小さな看板が風に吹かれてがらがらと耳障りな音を立てて転がって行った。
こんな場所に、子ども二人だけでいるはずがない。
いてはならない。
願うように走った黒鋼の目に、震えながら互いに身を寄せ合う子ども二人の姿が飛び込んでくる。
段ボールは雨を吸い込み、すっかり箱の意味を成していない。今にも崩れそうだ。
考えるような余裕は無かった。黒鋼は子ども二人を箱から抱き上げると片腕にそれぞれ抱えた。
寒かったのだろう。子どもの体が無意識に黒鋼に擦り寄ってくる。
がりがりに痩せて、服の上からでも骨の感触が分かった。
二人を抱き上げて数瞬もしないうちに、段ボールだったはずの紙は風に飛ばされあっという間に目の前から消えていく。
二人も抱えていながら重いと感じないことに苦いものを感じながら黒鋼はもときた道を駆けだした。
部屋を出る前に風呂の準備をしていたことが幸いした。
すっかり冷え切った二人を風呂場に押し込むと、そのまま服を脱がせシャワーを浴びせる。
雨で濡れた全身を洗って湯船に放り込んだところで、黒鋼はどうにか一息ついた。
何をやっているんだと自分に愚痴りながら、自分のことをじっと見つめる子どもの視線に気がついた。
よくみていなかったのだが、まったく同じ顔だ。双子だったのか、と妙な感心をしながらはたと気がつく。
子どもたちからしてみれば自分は如何にも不審な人間だ。
この二人が真っ当な扱いを受けていたとは思えないが、誘拐犯と間違われても仕方がない。
どうか騒いでくれるなよ、とまんま誘拐犯のようなことを思いながら黒鋼は双子に「なんだ」と声をかける。
「…おふろはいらないの?」
「ファイとユゥイだけ先にはいっちゃってるのに」
どうやら心配されているらしい。子どもたちに言われてようやく自分の衣服も濡れていることに気がついた。
小さな手がきゅと黒鋼の服の裾をひっぱる。警戒されてはいないらしい。
「俺はいい。後で入るからな」
「だめ」
「風邪ひいちゃう」
とたんに子どもたちが慌てた様子でぐいぐいと黒鋼の袖をひっぱる。
入るのーと懸命に言い募る子どもの姿に思わず苦笑が零れて、「分かった」と頷いてしまう。
嬉しそうに笑い返した双子の瞳が蒼いのに、今日初めて気がついた。