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前話で書く予定だった範囲にすら到達できませんでした。
すみません、筆が遅くてすみません。
早いものでもう六月ですね。
なんだか湿気が多くて鬱々とします。うっかりファイもそれに合わせて鬱々させそうになりますが、かろうじて自重。
一度鬱展開に入ると中々抜け出せそうにないですからね!
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ~。
唇が触れ合っている。
それを脳が理解するのにかなり時間を要した。
否、理解したくないと拒んでいたのか。
触れ合わせるだけでは物足りなくなったものか、ファイの舌がすい、と黒鋼の唇を舐めた。
その感触に、思わずファイの両肩に手をかけ体を引き離した。
あまりのことに黒鋼の口からは言葉が出ない。
「な…にを」
「…キスさせて、って言ったじゃない」
拗ねたように唇を尖らせて、ファイは当然のように黒鋼の唇に軽く口付ける。
するりと押し留めていた手をすり抜けたファイに、黒鋼はすぐに反応出来なかった。
間近に迫る瞳の色が冗談ではないのだと告げている。
以前だってファイとキスを交わしたことはある。
しかし、それはファイが店で客とトラブルを起こしかけた成り行きでしかない。
今度のキスはそれとは明らかに違っていた。はっきりと性愛の匂いがしている。
何故、と疑問がいくつも黒鋼の頭の中に浮かんでは消える。
ファイが恋愛対象として男と付き合っていることは知っていた。けれど、一度だってファイは黒鋼に恋愛としての目を向けたことはなかったのだ。
信用のおける相手として見られていたことは、互いに言葉にしたことは無かったけれども、うっすらと気がついていた。
それなのに。何故、その関係を壊そうとしているのか。
「オレねえ、もうずっと誰ともしてないんだよ。キスも、セックスも。
自分じゃそんなにガツガツしてたつもりもなかったんだけど、さすがに間が開くと寂しくなってきちゃった。
黒様だって彼女いないでしょ?」
細められたファイの瞳の蒼が、部屋の照明を受けてきらきらと光っている。
真正面からファイの視線を浴びて、黒鋼は初めてその瞳が美しいのだと場違いなことを思っていた。
香水移り香も煙草の匂いもしない体からは柔らかい匂いがする。
雑多な装飾品を全て削ぎ取ったファイの全身から、凄艶な気配が漂っていた。
「触るだけでもいいし…男相手が嫌だったら、目閉じてオレのこと見なくてもいいから。
だから、…して?」
ファイの手が、そろりと黒鋼の下腹部を撫でる。
その手つきは男の興奮を煽るのに手馴れていて、黒鋼は自分の腰の奥でぞくりと湧き上がったものが、官能だと自覚せずにはいられなかった。
ベルトを外そうとファイの指先が触れる。
「やめろっ!」
最後の自制心で黒鋼は今度こそファイの体を思い切り引き離した。
大声を出した後の気まずい沈黙と呼吸をつぐ音がしばらく続いた。
ややあって、ようやく軽い混乱が収まったのか、黒鋼が訥々と口を開く。
「阿呆みてえな真似してんじゃねえ。誰と寝ようがお前の好きにすりゃいいが、自分を軽々しく扱うな」
予想していたとはいえ、黒鋼の拒絶が嫌悪だけではないことにファイは泣きたくなった。
だけど、それが嬉しいのか、悲しいのかわからない。
「体のことは…俺だって理解できねえわけじゃねえよ、男だからな。
だがこんなことをするのは好きな相手だけにしておけ。
それがどんなダメ男になるかもしれねえが、気持ちの一切無い相手にぶつけんのだけはやめろ」
黒鋼の本心からの言葉は、投げやりと取れるファイの身を案じてでもあった。
ほんの一瞬。
ファイの顔から表情の一切が抜け落ちる。
それはすぐに黒鋼が違和感を感じるよりも早く、浮かべられた作り笑いにかき消されてしまったけれど。
「もーう、やっぱり黒様は真面目さんだねえ」
茶化すように口を開くファイは自分の顔がいつものように笑っていることを願った。
「…ごめんねえ。黒様の言うことが尤もだよねー。
確かにそうなんだけど…、分かってたんだけど、なんか寂しくて…。
…オレ頭冷やしてくる」
そう言って立ち上がった体は自分の体なのにぐったりと手も足も重い。死体を運んでいるような気分で背を向け扉に向かうファイに、黒鋼が声をかけた。
「おい」
振り返っていいものなのか、表情を悟られないように俯いたままの方がいいのか、判断がつきかねてファイは返事が出来ない。
「拒んだからって…、別にオレはお前のことをこれで軽蔑したり、見放すわけじゃねえぞ」
ファイが瞳を大きく開いて振り返る。
「…じゃあ、これからもよろしくねー」
黒鋼にファイは笑顔を向ける。唇が震えかけるのを必死で押さえながら。
指先が凍るように冷えている。そのまま心臓まで凍り付いてくれればいいのに、と思った。
「…好きな人なんか出来ないよ」
誰のことも好きになれない。
ぼんやりと呟いた声はうわ言のように空ろで、一切の熱が感じられなかった。
けれど誰もそれを聞くことはないのだ。
泣くこともせず、ファイはぼんやりと壁を見つめていた。
次の日からだった。二人の生活がはっきりと変わったのは。
ファイは黒鋼の部屋に上がりこまなくなった。
全く顔を合わせない、などというあからさまな避け方はしない。
けれど、上がりこんで台所に立つことも、くだらないとさえ思えるような世間話で時間を潰していくこともしない。
自分の部屋で作った料理を少し多めの一人分、ラップをかけて持ってくる。
黒鋼の部屋の扉を境界線にして、空になった容器と新しい食事、それを手渡すのが二人の数少ない触れ合いになった。
何度も声をかけようとして、結局最低限の会話以外どう切り出せば良いのか分からず黒鋼が口ごもるうちに、ファイは器用な笑みで「じゃあね」と手を振る。
上手くかわされている気がして歯がゆいのだが、かと言ってもどうすればいいのか全く分からない。
以前の関係に戻った。
そう言ってしまえばそうなのかもしれない。
けれど、何かが確実にひび割れていた。