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ひと月以上もあけてしまい、申し訳ありません。
夏コミに参加された方はお疲れ様でした。
相棒に預かってもらった委託を手にとっていただけて嬉しいです。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ~。
店の裏口にタクシーを回し、しばらくここで待ってもらうように告げる。
その方が、ファイを連れ帰る際にまた別の車を回してもらうよりは時間をかけずにすむ。
快く了承した運転手を背に、黒鋼は勝手知ったる店の従業員用通用口から店内に入った。
お絞りを用意していたバイトが黒鋼の姿をすぐに見つけて、慌てて声をかけてくる。
「黒鋼さんっ」
良かった~、連絡がついて、と心底ほっとしたように肩から力が抜ける様子を見れば、ファイの扱いによほど手こずったのだろうと容易く想像出来た。
「あいつは?」
さっさと引きずって帰る。そう思った黒鋼を先導して、バイトはぱたぱたと小走りに奥へと進んだ。
慌しく向かう先はどうやらVIP専用の特別室らしく、通常の席と違い多少は防音の設備がなされている部屋に放り込まれるあたりよほど騒ぎでもしたらしい。
基本的にファイは明るい酔っ払いだった。ただし、口はよく回る。本当に酔っているのかと疑問に思うほど、冷静な目線で的確に喋る。
言い諭そうとしても結局言いくるめられてしまうので、いつも最終的に黒鋼に任されるのだった。
もう一度溜息をつきながら大股で早足で歩を進める黒鋼に、バイトは困ったように笑った。
「すみません。でも、ここんとこファイさんあんまり元気がなくて」
少し休息を取ればいいものの、その辺はどういった強情具合なのか仕事を休みもしない。
常連客にまで心配されてしまい、さすがに見かねたスタッフたちが今日はあしらいの上手い客にお願いして、多少無理をしてでも酔わせて休ませてしまおうと画策したのだという。
客にいいようにあしらわれるホストというのははたしてどうなのだ、と黒鋼が呆れるとバイトは苦笑した。
「時々来てくれるソープのおねえさんですよ。色っぽいんだけど喋ると凄く優しい感じの」
そう言われて黒鋼もすぐに思い当たる。楽しい雰囲気でお酒が飲みたい、と時折一人で訪れる女性客だった。
バイトの言うように、確かに色気のある女性だったが、性格は温厚で母性のようなものさえ感じさせた。
風俗に勤めているとは思えないほどすれた気配もなく、この店の人間も、勿論ファイも、客というよりは親しい年上の友人にでも接するようにもてなしていた。それを当然にさせる温和さがある女性だった。
オーナーとはまた別の意味で逆らい難い相手であるだけに、ファイも彼女の酒の勧めを断れなかったのだろう。
「ちっとは自分の限度を考えろってんだ。無茶して稼ぐ必要もねえだろうが」
呆れっぱなしで毒づく黒鋼に、バイトがすみませんと頭を下げた。
「そうなんですけど…ファイさん恋人と別れちゃったみたいで、寂しかったんだと思います」
その言葉に黒鋼の足がぴたりと動きを止めた。
黒鋼の反応から、ファイが恋人と別れたことを伝えてなかったのだと分かったバイトが、言ってしまってはまずかっただろうかと顔を曇らせた。
軽く混乱気味な黒鋼だったが、そのまま無言でファイを寝かせてある部屋に向かう。
扉を開けた途端にけらけらと酔っ払いの笑い声が聞こえて、黒鋼の眉間の皺が深くなる。
お願いだから寝てください、もう飲んだらダメですって。そんなスタッフの小さな悲鳴のど真ん中で、しどけなくスーツの胸元を乱したファイがソファにぐたりと腰掛けていた。
「ほら、黒鋼さんが迎えにきましたよ。もう今日はお仕事終わりですから」
バイトが目一杯声を張り上げると、スタッフの間からほっと安堵の息が漏れた。
声に釣られて、とろんとアルコールに滲む瞳をファイが扉へと向ける。
黒鋼の姿をみてぱしぱしとゆっくり瞬きを繰り返すと、不思議そうに小首を傾げた。
「偽者さん?」
「ああ?」
分けのわからない発言に黒鋼が声を返すと、首を傾げた重みでファイの体がソファの背もたれをずるずると滑り、完全に横たわってしまう。
怪訝な視線で黒鋼が睨むのもお構いなしで、眠たそうに瞳を眇めて、小さく呟いた。
「だって、もう黒様が迎えに来てくれることなんかないのにー」
その声が妙に切なげで、空気が一度にしんと静まり返る。店内を流れる音楽だけが場違いに響く。
「ここで働いてるわけでもないし、オレ彼氏がいるって言っっちゃったもん。だから…迎えに来てくれる理由なんか、なーんにもないんだよー」
だから偽者だ、とソファに顔を伏せたファイの姿は酔っ払いというよりも拗ねている子どものようにも見えた。
どんな理屈だ、と黒鋼は大きく息を吐いた。
今夜何度目の溜息なのかも知れない。
「酔っ払いがごちゃごちゃぬかすな。…帰るぞ」
そう言って担ぎ上げても、ファイは抗わない。
抵抗を見せることなく、大人しく黒鋼の腕に収まったファイを待たせてあったタクシーに押し込むと自分もその横に乗り込んだ。
いつかのように、二人並んで自分の部屋へと帰る。
けれど、何かが違った。