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僕だけのかみさま、続きです。
もうちょっと続きます。でもさすがに25までとかはいかない。…多分。
では今からインフルエンザの予防接種行ってきます。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
かちゃり、と一人の部屋に洗い物の音が響く。二人分の食器についた泡を丁寧に流しながら、ファイは自分がふわふわとした気持ちになるのをどうにも抑えきれなかった。
二人で一緒にご飯を食べた。
バイトに出かける黒鋼とキスを交わした。
出かける間際に黒鋼の部屋の合鍵を渡された。
目覚めてからの二人の会話、行動。そのひとつひとつ、どこを拾い上げても、今のファイには甘く、恥じらいさえ湧き起こってしまうような幸福しか覚えない。
好き、という気持ちに、好きという気持ちが返される。
そんなささやかでいて、当たり前のような。けれど奇跡よりもずっと低い確率の出来事に、胸が熱くなる。
度々止まってしまう手を叱咤しながら、どうにか片付けを終えて、何にもすることがなくなったファイはペタン、と座り込んだ。
黒鋼が帰ってくるまでには、随分と時間がある。そんな長い時間をどうして過ごせばいいのだろう、と考えて少し悩んだ。
迷惑をかけてしまった仕事場にも連絡を入れないと、と思うのだが、携帯を持つ手も止まりがちで気がつけば黒鋼のことしか考えていない。
こんなことは初めてで、今までの恋愛と随分と勝手が違ってファイはどうしたものかと頭を悩ませた。
何かをしていても、何もしていなくても、自分の中から黒鋼に関する思い出や、感情がどんどんと溢れてきて止め処ない。
けれど、振り回されているそれがけして嫌な気持ちではないのだ。
独りぼっちでいるのが嫌だった。
だらしが無い男と恋人付き合いを続けていたファイに、いつだったか黒鋼がなんで別れないのかと尋ねた時、そんな理由で自分は返したのだと思う。
呆れて軽蔑されるかと思った反応は意外なものだった。
『何が嫌だとか、怖いとか…人によって違うからお前が独りが嫌だっていうなら俺にはどうこう言えねえけどな。せめて一緒にいる人間はもうちょいマシなのを選べ』
てっきり馬鹿みたいなことを、と一笑に付されるのだと思っていた。
歎息交じりの声音には混じった僅かな苛立ちは、軽蔑ではなく単純にその時彼が被っていた迷惑ゆえだっただろう。
頭の良し悪しや勉強の出来不出来ではない視野の広さと、それを考えられる知性に少なからずファイは黒鋼のことを見直したのだ。何よりも強く感じたのは、それを受け入れる度量の深さだったかもしれない。
今思えば、なんだか随分と前から彼のことを好きだったようにも思う。
思考の海へと入り込んでしまったファイの手の中で、突然携帯が震えだす。慌てて画面を見ると、着信は店のオーナーからだった。
「は、はいっ!」
『あら~そんなに慌てなくてもいいのよ?それとも、もしかしてお邪魔しちゃったかしら』
「いえ…黒様は出かけてますし…」
急いで電話に出たファイの耳に、軽やかな女の声が飛び込んできた。
昨夜店で酔っ払い、迷惑をかけたことを詫びるとオーナーのあっけらかんとした声が返ってくる。
『何言ってるの。あのままウジウジされる方がよほど店に迷惑がかかるでしょ。溜め込むよりも飲んでわっと吐き出しちゃった方が楽じゃない』
「はあ…」
『言うべき相手に言わないで、どうでもいい相手に吐き出したって無意味なものよ』
見透かされている。けれど不快ではなかった。
『すっきりしたでしょ?』
「ええ、でもすごく面倒な思いはさせちゃったかな、と思うんですけど…」
『いいのよ、本当に面倒だと思ってるんなら、そもそも首を突っ込むこともないわ』
「…そうですね」
優しいアルトが耳を打つ。可笑しそうに笑う彼女の表情までもがありありと思い浮かんできて、ファイも知らずに笑みを零していた。
『それで?』
「それで、って?」
『今日はお休みするんでしょ?』
「あれ…?オレ、今日はお休みのはずじゃないんですけど」
思わず頭の中でスケジュールを思い浮かべたファイに、オーナーの含みのある声が突き刺さる。
『だーかーらー、せっかくくっ付いた恋人同士の初夜をお邪魔しちゃ悪いわー、って言ってあげてるのよ』
「なっ…!」
にやりと、笑う音まで聞こえてきそうだった。絶句するファイに、じゃあそういうことで、と相手はあっさりと電話を切ってしまう。
今頃人を食ったような笑みを浮かべているに違いない。
確かに黒鋼をベッドに誘ったことはあるにせよ、あからさまに他者にそれを指摘されて動揺しないわけではない。
ことに、ようやく互いの思いを確認しあったばかりでは尚更に意識してしまう。
早く帰ってきて欲しいような、もう少し自分が落ち着くまで帰ってきて欲しくないような。相反する希望がファイの中でぐるぐると渦巻いた。
それすらも贅沢で幸せな悩みだと分かっていたのだけれど。