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では下からどうぞー。
辞令を受け取ったファイが目を丸くした。意外だと言えば意外でもあるし、妥当なところだとも思う。
「情報幕僚…ですかー?オレが?」
情報管理局のトップが退役を迎えるのは聞いていたが、まさかこんなに早くファイにその役目が回ってくるとは思わなかった。
実力でいえばなんら臆するところは無いとはいえ、この基地に赴任してから日の浅い新参者である。それにこの基地の司令官であれば自分の子飼いの人間を要職につけそうなものだ。
黒鋼曰く、毒にも薬にもならない司令官とやらの思考ならばファイにもよく分かる。軍人ではなく官僚向きだろうに、己の進む方向性を間違えたとしか思えない司令官殿の能力は、エリートとして育成され組織の中での出世を目指すという意味合いにのみ限定するのであればまあ悪くはないだろう。
保身と身びいきも程々に隠して上手く責任逃れを図るやり口は、おおよそ表立って話せないような情報戦を掻い潜ってきたファイにはひどく可愛らしくさえ思える。
詰めの甘さも読みの不十分さも、さほど重要視されないこの基地ならば問題はないだろう。問題があれば中央からの査察でそれはもう容赦のない突っ込みを食らうだろう。その回避に事前に必死になるあたりは随分とマシだ。
まあ要するに最前線基地の司令官などは危なくて任せられないレベルだ、と黒鋼あたりならば鼻で笑うだろう。
名目上の出世をあの司令官にあるまじき采配だな、などと呑気に考えていたファイだが、別口の心あたりがあった。
黒鋼本人だ。
どういう風の吹き回しか分からないが、らしからぬ手回しに本当に一枚噛んでいるのが黒鋼ならば、一応その意図を尋ねてみるのもいいかと思い、携帯端末で相手を呼び出す。程なく連絡がつきそのまま食堂で落ち合うことになった。
微妙に生地のパサついたサンドイッチを頬張りながら、薄いわけではないのにやたらと不味いコーヒーで流し込む。
もともと大して美味しいとも言えない食堂のメニューは、使う人間の極力少ないこの時間帯、その質も量も何ともお粗末なことになっていた。
次の非番の日には自分でコーヒーを入れてサンドイッチを作ろうとファイは密かに考えた。スコーンでもいいかもしれない。久々に甘いものが食べたいような気分でもある。
向かい合わせに座った黒鋼はとっくに食事を終えていた。やはり不味いコーヒーだけがその前に鎮座している。
もごもごと口を動かして、とりあえずサンドイッチを一口飲み込んでからファイは口を開いた。
「オレねー、今度情報幕僚になるんだよー」
知ってた?とちらりと黒鋼の方を窺うと、黒鋼は平然と冷めかけたコーヒーを飲み干して言う。
「お前佐官だろうが。幕僚機関の幹部でも問題ねえだろ」
「黒様…」
「言っておくが、俺は平時の人事権に対して決定力はない」
「…で、本当のところはー?」
行儀悪く頬杖をついて首を傾げたファイに、黒鋼はにやりと笑ってみせた。
「決定力はない。ないが、有能だと分かってる人間を遊ばせておいて、無能を要職につけるような余裕が軍にあると思ってもらっちゃ困る。作戦、情報、兵站、後方…他にもあるが各部門参謀の長は幕僚監部の肝だろ。腑抜けがついて良いような職務じゃねえ」
黒鋼の階級はファイのそれよりも低い大尉だ。ましてや人事部でもない彼にたしかにその決定権はないだろう。
けれど決定力はないにせよ、なにがしかの影響力はあるのだ。
「君って結構いい性格してるよねえー。『中将』閣下」
わざと戦地任官の階級で呼んでみる。
からかいにも動じず、黒鋼はにぃ、っと唇を軽く歪めて人が悪そうに笑ってみせた。
「他にお前以上の適任がいなかったからな。大人しく仕事しとけよ、情報幕僚殿」