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和歌はものくさ太郎から拝借してちょっと変えました。
だから文法的にあれだったりまずかったりしても見ないふりをしてやってください。
お願い、超お願い。
あと、解釈をだらだら書くのも野暮なので割愛。
では下からどうぞー。
「…返して欲しかったら、来いってこと?」
おそるおそるファイが黒鋼に尋ねる。書き崩した文字は読めない上に、ファイでは歌の意味を理解することはまだ難しい。
なんとなく意味するところは分かるが、その詳細は理解しかねる。
一方の黒鋼は眉間の皺を深くした。何かを思い起こすように口元を手で覆い、何度も文字を見返す。
領主の真剣な様子に口を開くものはいなかった。
どれほどそうしていたのか。
ゆっくりと黒鋼の肩から力が抜けていく。
どうしたのかとファイが問う前に、墨と筆を要求されて慌てて侍女の一人が走る。
「黒様?」
ファイに答える間も惜しいのか、黒鋼がいつもよりも乱暴に何やら紙に書きつけている。やや乱雑だが、今度はファイにも読めた。
ちはやぶるかみのつかいをもとめてはたづねゆきたるさかきばのやど
かみのつかい、さかき。あれ、とファイの脳裏に何か引っかかるものがあった。
黒鋼が忍の一人を呼び出し、折りたたんだその文を渡す。
「月読が近くに来ているはずだ。渡してこい」
「あ!」
ファイがはたと手を打つ。神の使いとの呼び名も、榊も、どちらも巫女にはなじみの深いものだ。
黒鋼の溜息がやけに響いて聞こえた。
「私としたことが…。悪戯が過ぎてしまいましたわ」
申し訳ございません、と淑やかに頭を下げる月読を前にファイは力なく笑うしかない。
どっと力が抜けたらしい黒鋼がその横でやはり溜息をついている。
結局、子ども達は月読の手を借りて館を抜け出したらしい。たしかに術を使えば痕跡も残るまい。
内緒で抜け出したことを後ろめたく思ってはいるのだろう。黒鋼とファイを姿を見るや否や、ごめんなさい、と泣きながら抱きついてきた子ども達をやはりそれ以上は怒れなかった。
どれだけ寂しい思いを我慢させていたのか、黒鋼もファイも知っている。
ごしごしと懸命に涙を拭う姿に胸が痛くなって、ファイはぎゅっと子ども達を抱きしめた。
姫巫女は雪見に諏倭の領地の近くまで訪れたので、領主一家を招くつもりだったのだが、何やら領主も奥方も忙しい様子。とりあえずいつものようにちょっとした悪戯心で子ども達だけを先に招いたつもりだったらしい。
だが、おりしも隣り合う領土との諍いを治めている時。館の人間全てが神経質になっている時に、無断で子どもを連れ出してそれらと関連付けない者はない。
結果姫巫女が想像した以上の騒ぎになったようだ。
「知世…ちょっと座れ」
いつになく低い声の黒鋼に、ファイは両腕に娘たちを抱えると息子を促してそそくさと別の間へと移動する。
「母上?」
「はーい、皆いい子だから耳塞ごうねー」
「?」
首を傾げながらも言われる通りに子ども達が耳を塞いだ次の瞬間。
「お前は何考えてんだ!!」
雪見のために設えられた白鷺城の別邸に、諏倭の領主の怒声が響いた。
「父上、怒ってる…」
ふにゃりと顔を歪めた息子にファイは笑ってそうだね、と頷いた。
「悪いことしたり、悪いことじゃなくても度を越してやり過ぎて迷惑をかけるのはね、良くないことだよー。それをお父さんは怒ってるの」
「つくよみ様を…怒ってるの?」
さすがに吃驚したのだろう。息子がぽかんと口を開いた。
「うん、時期が悪かったのもあるけどちょーっとやり過ぎになっちゃったかなあ?」
「でも父上…つくよみ様を怒って大丈夫?」
「月読様…知世ちゃんはね、大丈夫。ちゃーんと分かってくれてるよ。黒様がなんで怒ってるか。それを分かるのにお咎めなんかはしないからね」
それでも不安そうにしている息子にファイは笑いかけた。
「月読様はね、とっても偉い姫巫女様だけど、それだけじゃなくてー…。黒様にとっての妹みたいなところもあるから時々は甘えたくなってもいいんじゃないかなー」
「怒ってるのに?」
「そう。大人になったり偉くなるとね、怒ったり叱ったりしてくれる人は少なくなっちゃうんだよー。でもね、本当は間違ってる、良くないってちゃんと言ってあげなきゃいけないこともたくさんあるんだからー。
黒様はね、知世ちゃんのことだ大事で大事で、大切だから、たくさん怒るんだよー」
「母上は?」
「オレはねー。たくさんたくさん、とーってもいっぱい怒られた。三人合わせてもまだ足りないくらいたーっくさん黒様に怒られたよー。でもそれは黒様がオレのことを大嫌いだからじゃなくて、オレが駄目駄目だったからだもん」
「父上怖かった?」
「とっても怖かったよー。でも大好きだからねー」
「俺も!父上大好き!」
ひめもー、と舌足らずな双子が兄にならって諸手を挙げる。
「でしょう?だから知世ちゃんも一緒」
「…本当?」
不安そうに息子が尋ねるのは、先ほどから漏れ聞こえる黒鋼の怒鳴り声がちっとも勢いを衰えさせる気配がないからだ。
ここまで怒るの珍しい。
うーん、とファイも首を捻った。多分大丈夫だとは思うのだが…。
「じゃあ、黒様に怒られて知世ちゃんがしょんぼりしてたら、大丈夫だよーって頭撫でてあげようねー」
「うん!そうする」
元気よく頷く息子にファイは微笑みながら、いつ黒鋼を止めようかと思案し始めた。
黒鋼を宥めて、知世を慰めたら、皆で仲直りの雪見宴をしようと算段する。
きっと姫巫女は黒鋼に怒られたことなど必要以上に気にするまいが、それはとても楽しい想像だった。
ふふ、と微笑むそれさえも久しぶりのようで、ファイは黒鋼の声を聴きながらこみ上げる笑いをかみ殺した。