春望・一

日本国永住設定、長編です。

というわけで新シリーズです。
今回のお話の発端になったのは去年のオンリーで某S崎様が見た悪夢のお話です。
黒ファイ的には薄暗くてファイが幸薄げなので戦々恐々しながら書いています。
でもうちみたいな辺境に来てくださる方は、かなり強度の黒ファイ好きだと思うので、書きます。
（お話的には暗いよ！だって今聞いてるBGMが花帰葬だもの！）

今までの長編はわりと二人の間で視点が変わってたりしたので、今回はそれも直していけたらいいなーという目論見もあります。
視点が変わるのも物語や心情的にはありだと思うのですが、ちょっとフラフラし過ぎなのではないかと自分の過去作品読んでて考えてしまいました。
今書いている物が昔よりもほんの僅かでも良いものになって皆様のところに届くといいな、と思います。


新型には罹らなかったものの年始から続く風邪で体力がガタッと落ちてしまいました。
今年の風邪はしつこいです。皆様もお気をつけて。

休日だけどあまり無茶できなくて切ない…。


拍手ありがとうございます。


では下からどうぞ。

泣かないよ、と約束をした。
小指は約束する指だ、といつか教えてもらった。だから、子どもみたいだ、と渋る彼を押し切って自分の指と彼の指を絡めて「泣かないよ」と言った。
小指ひとつ。触れ合うのは僅かばかりで、それなのに彼の温もりに泣きたくなった。

独りぼっちになるために旅立つのではない。
ほんの少し、一人だけで世界をまわって、経験をして、色んなものに触れて。いつか巡り会える時に、もう少しマシな自分でいられたら、と思った。
そう告げると、彼は少しだけ驚いたように目を見開き、しばしの間目を閉じた。時間にしてほんの数秒だったかもしれない。
ひとつだけ、大きく息を吐き赤い瞳が開かれたときには、もういつもの彼だった。
くしゃり、と大きな掌が金色の髪をかき混ぜて、離れる。
「お前がしたいようにしろ」
唇を片方持ち上げて笑むその顔に僅かな寂寥が滲んでいたのが、自分の思い違いでなければいいと思った。

 

新しい世界に行くたびに、懐かしくなった。
優しい人と触れ合うたびに、会いたくなった。
楽しい記憶が積もるたびに、帰りたくなった。

一年、一日、一秒。
会わないでいる間に、どんどんと愛しさは募った。

 

深深と雪が降る。
ぽっかりと虚空が口を開けた様に暗闇が広がっていた。
昼とも夜ともつかぬ世界に生き物の気配はない。黒い空から振る雪だけが唯一の色彩で、それさえも世界を灰色に霞めていくだけのものだ。
踏み固められていない雪では足元も覚束ない。それでも、魔力の防壁を取り払い、自らの意思で心もとない雪の上に体を下ろす。柔らかな雪に足が沈んだ。
命の気配はファイ一人きり。
闇と雪の世界だった。
降り立ったこの地は、かつてファイの故郷だった世界かもしれない。良く似た違う世界かもしれない。
闇と雪に支配されたこの世界でそれを探る術はとうになく、真実は知りようがない。
それでも、融けることなくファイの体に積もった雪の冷たさは、過去の記憶を否応無く呼び覚ます。
肺の中まで凍りつきそうな冷たい空気を吸い込む。耳の奥で、遠い日の子どもの泣き声が木霊した。

「…ファイ」
自分のもう一つの命の名前を呼ぶ。
「…ファイ」
この世で。否、ありとあらゆる世界で―それが生ける者の世界であっても、死者の世界であっても―一番大切な名前。
その魂に呼びかけた。
「オレは…」

様々な世界を見たいと、黒鋼に言ったのは嘘ではない。
けれど、本当は。
別れを告げるためだった。
ずっと自分と捕らえ続けていた、かつての故国へと。
囚われ続けている自分と、半身の、その魂を解放しなければ本当に先へ進んだことにはならないと思った。
そんな考え自体が思い上がりに過ぎないのかもしれなかったけれど、ファイの中では確かに必要だったのだ。
自分の産まれ落ちた世界へと、自分を捨てた世界へと、自分自身で別離を告げなければならなかった。
「ファイ」
もう一度、魂の半身の名を呼ぶ。

「オレは、いきたい」
願いはするりと口から零れた。

 

帰りたい、と願った。