[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
もともと五話くらいで終らせる予定だったのですが…。この話が本来三話になるはずだったのですが…。
自分の計画性の無さに絶望した。
すみません、もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。
今月は休みが多いわけではないのですが、ひと月の日数が少ないので休みの感覚が短いように思います。
思うだけで実際は山越え谷越えな感じのジェットコースターな休日日程の振り方から目を逸らしたいだけです。
六日連続勤務の直後に休みが二日おきとか…。
ひと月が短いのでちゃっちゃと話を終らせなければいけないものが山積みです。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
黒鋼はじめ、数多の上忍、兵を率いた討伐隊が帰城したのは夜半も過ぎた頃だった。
朝が明けるまで待たなかったのは、負傷者が多く、少しでも早い治療を必要としたためだ。
いつもはシンと静まりかえっている城内が今夜ばかりは慌しく、医療部隊や治癒術を扱える者も叩き起こされては負傷者のために上から下への騒動となっている。
忙しく働くその中にファイも混じり、気付け薬や止血剤の補給にあたった。
重傷者から手当てされるため、比較的負傷の軽い者は自分たちで治療をしている。そのための消毒用に何度も湯が沸かされ、同じように煎じている薬の匂いと血臭が混ざる。
小さな悲鳴や苦痛をかみ殺す呻き声はそこかしこから漏れていた。
そんな中を清潔な布と止血帯を配って回るファイの目にひと際大きな体躯が飛び込んできた。
他と比べても背の高い黒鋼に今まで気がつかなかったのか、と慌しさを改めて感じる。
どうやら別の忍の治療をしているらしい黒鋼の体も、夥しい返り血で汚れていた。
「黒様、大丈夫だった?」
「おう」
声をかけて忍の折れた腕を固定するための包帯を渡す。
黒鋼が添木をあてて包帯を巻く間にファイは温めた酒で布を湿らせた。
黒鋼の体についている返り血は乾いていたが、僅かにまだ新しい血の匂いがしていた。
吸血鬼として黒鋼の血を糧としていたファイには、他と違ってその匂いだけは今でも何故か分かってしまう。
程度のほどは知らないにせよ、一見しただけでは分からないところに怪我をしているに違いないのだ。
少しは自分の体のことも省みて欲しいものだと小さく歎息しながら、忍の手当てを終えた黒鋼に酒を浸した布を差し出す。
ファイの意図することが分かったのか、無言でそれを受け取ると傷口を拭こうとしたらしかったが、乾いた血糊が膠のように服ごと肌に張り付いているようで数度引っ張っても容易に脱げない。
黒鋼は軽い舌打ちで張り付いた服を力任せに脱いだ。傷口に張り付いていた場所までも強引に引っ張ったので、乾いていた傷口から新たな血が溢れてくる。
ファイは眉を顰めた。
肩から胸へと走るその傷は命に関わるものではないにせよ、どう見ても軽いものではない。
傷から来る発熱や化膿を止めるために専用の薬を処方してもらった方が良いかもしれない。そう考えながら、傷口に膏薬を塗った布を当てて止血帯で固定する。
大げさだと黒鋼がぼやいていたが、知らん顔で聞き流して軽い切り傷や擦り傷には椰子油を塗りこめた。
数日たっただけなのに、久しぶりに会う気がする。手当てを施していく中で、今回負った怪我よりも酷い背中の傷跡に胸が痛くなった。
不意に止まってしまったファイの手に何かを察したのだろう。黒鋼が「さっさと手当てしろ」と促す。ぶっきらぼうなその声がファイをどれほど切なく、嬉しく、悲しくさせるか知らないで。
じわ、と鼻の奥が痛んで泣きたくなっている自分をファイはひっそりと嗤う。
黒鋼はまさか、ファイが自分に懸想しているなどとは露ほどには思っていないに違いない。
それはきっと正気の沙汰ではない。
だったら。この思いは、殺してしまった方がいいのだ。
そう決めて、ファイは黒鋼に汚れた衣類の代わりに新しい衣を差し出した。
忍軍の帰城を知らされた時に、着替えがいるだろうと思って持ってきたのだったが、まったく正解だったと思う。
傷を手当して、真新しい衣服に着替えて。
そうして何も知らぬげに、いつも通り黒鋼と一緒に彼の家に帰ろう、と決めた。
何人かの医療班の人間が気付け薬以外の煮詰めた薬湯を負傷者に配り始めていた。
ファイがそれに声をかけて、着替え終えたばかりの黒鋼にも化膿止めの薬湯の注がれた器が渡される。
渋い顔でいらないと言おうとした黒鋼だったが、ファイに無言で睨まれて仕方なく受け取った。
どろりとした薬湯はたしかに苦そうでお世辞にも美味しいとはいえない。おまけにほんの少し前まで煮詰めていたので、熱くてすぐには飲めそうにもないのだ。
年若い薬師の娘が不安そうに黒鋼が薬湯に口をつけるのを見つめていた。
ファイの脳裏にふと先日の他愛ない少女たちの声が蘇る。
『恋の妙薬と言うんです』
『好きな人に気づかれないように三度飲ませると思いが』
薬師の娘に見覚えがあることに気づく。
黒鋼を真摯に見つめている薬師の娘は、あの日恥かしそうに自分に声をかけてきたのだった。
黒鋼に決まった相手は、好いた相手はいるのか、とファイに聞いてきたのだ。
『思いが通じる』
ただのまじないだった。
けれど、あんな風に熱っぽく見つめられて、少しでも心動かされない男がいるのだろうか。
彼女の目には今、黒鋼しか映ってはいない。ただ、一心に黒鋼を見ていた。
黒鋼が二口、三口と薬湯を嚥下していくのをファイは奈落に落とされるような心地で見つめていた。
その時、黒鋼が不意に薬湯を飲むのを止めた。
まだ茶碗に三分の一以上薬湯は残っているが、険しい顔で湯気のたつそれを凝視する。
「黒様?」
不審に思ったファイが声をかけるが答えない。
ごとりと鈍い音がして、茶碗が床に転がった。
どうしたのだろうかと考えるよりも先に、目の前が暗く翳る。
黒鋼の体が傾いでファイに凭れ掛かってきたのだと気がついたのは、どこかで悲鳴が上がってからだった。
胃の腑あたりを押さえた黒鋼の息が荒い。
「黒様…?」
「蘇、摩…を」
呼べ、とそれだけを荒い息の下で言うと、意識が途切れたのかファイの体にのしかかった黒鋼の体がずしりと重みを増した。
何が起こったのか。
信じたくなくて、ファイは息を喘がせるように助けを呼ぶしか出来なかった。