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小ネタも多いとはいえ四十…。
次回から少しまったりに戻りたいです。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
みしみしと梁の軋む音がする。
けれど黒鋼の耳に響くのはそんな音ではない。
泣き声だ。姿の見えない、小さな双子が泣いている気がした。
極楽を模し天井に艶やかに彩色された蓮の絵に、ぴしりと亀裂が入る。
元来地震には強い構造の建物が多い。だが、そんなことなどものともせず、正体の知れない暴風と雷は寺院全てを襲っていた。
地鳴りに建物の耐久がもう限界に近いことを知る。
階段を駆け上がり、三階の再奥、唯一鍵のかかった部屋を目指す。
だが、階段を上り終えた黒鋼は思わず息を飲んだ。
まるで雲が落ちでもしたかのように、そこかしこに雷が走っている。それは黒鋼の体に届くことは無いまでも、木造の建物を焼いていた。
暴風に巻き上げられた塵芥で視界が遮られそうになる。手をかざしながら、黒鋼は必死に目をこらした。
既に鍵の意味も無いほどに破壊された扉をどうにか押しのけながら歩みを進める。気を抜けば黒鋼の体を押し戻しそうになるほどの強い風だ。
足元を掬われないように、慎重にじりじりと歩む。気ばかりが急くのを抑えるほうが大変だった。
まるで何もかもを拒絶するような風の壁の向こうに、きらりと眩く光るものが見えたような気がした。
風すらも睨みつけるようにしていた黒鋼の瞳がはっと見開かれる。
星のように、きらきらと光る金色。見間違えるはずもない。
壁を背に蹲るようにして、互いの体をしっかりと抱きしめあう双子がそこにいた。
けれど感じる違和感に黒鋼は眉を顰めた。
双子の瞳は、どこも見てはいない。深い湖畔のような蒼を湛えた両の眼が、感情の全てが抜け落ちぽっかりと虚ろになっていた。
まったくの無表情で、ただ、大きな涙がぽろぽろとその頬を汚している。
顔面は蒼白で色を無くしている。かたかたと小さく震え、まるで自分たち以外の世界の全てが敵でもあるかのように、頑なに外界を拒んでいた。
既に自分たちでは力をどう抑えればいいのか、分からなくなっているのかもしれない。
まずい、と黒鋼は本能で感じる。魔力の無い黒鋼にはその力の使い方をどう制御するかの経験がない。けれども姫巫女の近くで育ったのだ。如何に強大な魔力とて無尽蔵ではない。酷使し、使い続ければいずれはその命を縮める。それくらいは心得ていた。
「おい!」
思わず声を荒げた黒鋼に怯えたのか、二人の体がぴくりと揺れた。
咄嗟に黒鋼は体を翻した。
耳元で鋭い音が鳴り、腕に冷ややかな感触が走る。寒気にも似ていた。熱さを感じたのはそれからだ。
鋭い風の塊が、刃のように黒鋼を襲ってきたのだ。間一髪で避けたその刃は、背後の瓦礫を砕く。
見れば腕がざっくりと裂けていた。かわしていなければどうなっていたのか、想像に難くない。
血を滴らせながら、極限で感じるのは痛みではない。何か熱いものが腕を伝っている。その程度のものだ。今はそれどころではないのだ。
自分たちが誰かを傷つけたことに怯えた双子の瞳に恐慌の色が宿る。
恐怖に自分を見失う恐れもあったが、それでも全く何も見えていないよりはましだと判断した黒鋼は、ずいっと大きく足を踏み出した。
血が流れていることが分かったのだろう。双子の涙が一層激しくなる。
小さく唇が「くろさま」と揺れた。
「ごめ…な…さぃ」
幽かに唇が震えて、幼い子どもの声が零れた。
自分たちが黒鋼を傷つけたことで、衝撃を受けたのだろう。嗚咽に喉を震わせて俯いてしまう。
それでも尚、風も雷も止む気配は無い。吹き荒れる嵐のような風は相変わらず黒鋼を襲い続けていた。
そんなことなど意にも介さないかのように、黒鋼は更に双子に近寄る。
怪我を負わせたことで今度こそ黒鋼に嫌われたと思ったのかもしれない。双子は大きく体を震わせて俯いたままだった。
「来い」
短く、双子の耳に届くように黒鋼は声を張り上げる。
弾かれたように顔を上げた双子は何を言われたのかすら理解出来ないようだった。
「この風を止めろ。さっさと帰るぞ」
無理だ、出来ない、許してもらえるのが信じられない。まるでそんなことを考えているかのように双子が顔を歪めた。
唇を噛んで必死に泣くのを我慢しているようだった。そんなことなどもう無意味なほど、涙で顔はぐしゃぐしゃだったのだけれど。
「来い」
もう一度呼ぶ。こんなところで、恐怖のあまりに混乱に陥って、何もかも拒絶して。
与えたいのは、そんな世界ではない。
双子の瞳が、縋るように黒鋼を見た。
だから、手を伸ばして、呼んだ。
「ファイ、ユゥイ」
騒ぎの報せを受けて、帝直属の忍軍が駆けつけたときには、今までの嵐が嘘のように寺院は静まり返っていた。
ただし魔力による暴風と雷による被害は甚大で、中心となった建物は無残なまでに破壊され尽くしていた。
天変地異かと騒ぐ人々を静めようとする兵の声が聞こえる。
原因となった双子は、血と埃で散々に汚れた忍者の腕の中で、小さく寝息をたてていた。