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相変わらず予定地点まで到達してません。
では下からどうぞ。
黒鋼が店に出るようになったのを一番よろこんだのは当然ながらファイだった。
「オレが酔いつぶれても黒様が連れて帰ってくれればいいよねーv部屋隣だしー」
無論黒鋼はふざけるなと一喝したが相手に堪える風はなく、それどころか本当にホストか、と突っ込みを入れたくなる勢いで酔いつぶれるファイをタクシーに押し込んで共に帰宅する日が続いていた。
ファイが男の恋人と付き合っているということを知っているのに、客の女性たちが何故こんなにもせっせと店に通うのか黒鋼には理解できない。
ごく一部、本気で熱を上げているらしい執拗な客を除けば、ファイの顧客は店内では恋人同士のように親密に触れ合いたがるものの、本気でファイが自分を口説いているなどとは思ってもいないらしい。
「外見もセンスも良好。退屈なんて感じさせないくらい頭は良くて一緒にいて不快にならない気配り上手。その上、絶対恋愛関係に陥らない安全な男にお姫様扱いされるなんて女の贅沢の極みじゃない」
そう晴れやかに宣ったのは黒髪のオーナーだった。
「男の考えてる以上に女の子は恋愛のリスクにシビアよ、意識するしないの程度はあってもね。
自分の体へのリスクを考えなくてもいい、駆け引きや計算抜きで癒される場所があるなら、それに見合った対価を払ってリフレッシュしたいって思うのは自由だわ」
理解出きるか出来ないかと言われると理解しがたいものがある。けれど、そんな求めに応じてこのような店が儲かっていることも事実だった。
リフレッシュするのは自由。そうは言ってもアルコールを提供する場所であるので、やはり多少の揉め事というのは起こる。
今夜もまた小さな騒ぎが持ち上がっていた。別のホールスタッフに呼ばれて駆けつけた黒鋼が見ると、ファイのテーブルの客のが酔いに任せてファイに噛み付いているところだった。
まともに呂律が回っていない。こんなになる前に上手く対処しろ、と心の中でファイに毒づく。
相手が女性とは言っても酔っ払いが力の加減など出来るわけもなく、また店側の人間として客に怪我をさせるわけにも行かないので厄介なのだ。
可愛いって言ったじゃない、どうして私じゃ駄目なのよ、とファイにしきりと絡む女性客をどう扱うかスタッフが悩む中、ファイははっきりと女性客に言ってのけた。
「だってオレ女の子に興味ないですからー」
一瞬シンと静まり返った後、女がふざけないでよっ!と金切り声を上げた。
ファイの胸倉を掴もうとした女性客だが、その前にファイはするりと身を翻して席を立つ。
「黒様」
いつの間にかファイのテーブルを囲むような形に集まっていたスタッフや他の客の中からファイは黒鋼を呼ぶ。
今にも掴みかかりそうな女性客から眼を離さないようにしながら、黒鋼は呼ばれるままファイの傍らに寄った。
毛を逆立てた猫のような女性客とは裏腹に、ファイは涼しい顔をしている。
どうこの場を収める気だと眉を寄せた黒鋼の顔を下から見上げる形になったファイは、するりと両腕を黒鋼の首に回し引き寄せた。
止める間もない早業だった。
ファイが自らの唇を黒鋼の唇に押し当てる。
舌こそ入れないものの、明らかに濃密な関係を匂わせるキスに唖然としたのは黒鋼だけではなく、女性客もだった。
どこかで黄色い悲鳴があがる。
どのくらいの間口付けていたのかは分からないが、短くはない時間だったのは確かだった。
堪能するように唇の角度を変えたファイの髪が黒鋼の頬を擽る。
名残を惜しむように唇を離したファイは黒鋼に密着させた体はそのままに、顔だけを女性客へと向けた。
「こういう理由なので」
さよなら。
そう言ってひらひらと手を振るファイのことを呆然と見つめていた女性の体からは一切の力が抜けていた。
彼女がそのまま数名のスタッフに促されて連れて行かれるのを見送っていたファイの頭の上から、地を這うような低い声が降ってくる。
「…おい」
「なあにぃ?」
見上げると黒鋼がファイを睨みつけている。
「今のは何だ」
「キス」
あっさりと答えるファイに、黒鋼の方が口ごもってしまう。
ちなみに、未だファイは黒鋼に密着したままなので他のホストや客から注目されているのだが、二人ともそのことは頭から綺麗さっぱりと消えている。
正確にいうと頭から綺麗さっぱり消えてしまっているのは黒鋼だけで、ファイは離れるのが面倒だからくっついておけ、と思っていたりする。
「なんでお前が俺にする必要があったんだ」
「だってはっきりと断ってあげた方があのお客さんのためでもあるしー」
ファイの考えはある意味間違っていない。けれど、黒鋼が求めた返答ではないのは明らかだった。ファイもそれを分かった上でわざと答えている。
頭を抱えたくなった黒鋼は、相変わらずの地を這うような低音でファイに聞いた。
「…てめえ…俺に何か言うことがあるだろうが」
何が悲しゅうて男相手にキスされなければいけないのか。
事態解消のための止むを得ない非常手段であったのなら仕方ないとしても、せめて一言謝れ。そう黒鋼は思ったのだが。
「えーと…。『ご馳走様』?」
「違えよっ!!」
今度は自分たちが注目の的になっていることに気がつかない二人は、オーナーに
「あらやだ、痴話喧嘩?二人ともお店でいちゃつかないでちょうだい」
と突っ込まれるまで、自分たちの体勢を失念していた。