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住んでたところが旧暦基準なので、ちょっと三月の雛祭りの感覚に慣れません。
五月は連休なので否応なしに端午!って突きつけられてる気になるんですけどね。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
じょうし、と聞きなれない言葉を淡い色の唇が転がす。
「上巳の節句、だ」
こてり、と首を傾げるファイに、黒鋼は聞き取りやすいように言葉を区切って伝える。
じょうしのせっく、と確かめるように繰り返す魔術師の声は少したどたどしい。無理もない。彼がこの国に住まうようになって、まだそれほど時間がたったわけでもないのだから。
日常に不便のない程度に言葉を覚えたその飲み込みの早さには素直に驚嘆したけれど、やはり少し複雑な表現になると聞き取るのも一苦労のようだった。
「弥生上旬の巳の日に、形代に穢れを移して海や川に流す。桃の花の咲く時期だから桃の節句とも呼ばれるし、華やかな雛飾りをする家もあるから最近じゃあ女子のための節句みたいに思われてるがな。追儺や大祓と似たようなもんだ」
「つい…な、おおはら…?」
「…豆投げたり知世が長々と祷ってたのを見てたろう?あれと同じだ」
今度は分かりやすかったのか、こくり、とファイが素直に頷いた。
これに加えて城では曲水の宴やらやたらと仰々しい行事が目白押しなのだが、黒鋼は今年はそれを免除されている。最近は特に魔物の出現や襲撃などもないので、日本国に住まって日の浅いファイのことを優先するようにという知世の配慮だろう。
面白そうに薄っぺらい紙で出来た形代をぺたぺたと体にくっつけるファイは無邪気だった。黒鋼も簡単に形代で肩や首をはらう。
たかがこんな紙一枚でと思ってしまうような、薄い紙一枚だ。
けれど健やかであるように、とそこに込められた願いは確かなものである。
幼い頃の上巳の節句に、自分の体を形代で優しく撫でていた母を思い出す。
過去に思いを馳せ、手の中の形代をじっと見ている黒鋼の袖をファイが引いた。
「どうした」
自分でも驚くほど優しい声が出たのは、思い出した記憶が優しいものだったからだろう。
ファイが少し眉を下げて黒鋼に問うた。
「けがれ…おれでも大丈夫かなぁ」
「?」
意味が咄嗟には分からない。困ったように、ファイが自分の形代を見た。
「足りるのかなあ…」
黒鋼は気がついた。自分の罪や穢れが、これだけで流されるものではないとファイは考えているのだ。
ファイは振り切ったと思った過去をこうして時折思い出しては、それに怯えている。
滅びた故郷と、息絶えた半身。壊れた主と、閉じられた世界。
もうずっと。それこそ黒鋼と出会うよりもずっと前から、彼自身を苛んでいた罪悪感だ。簡単には拭えないのだろう。
立ち直ったと思っても、どうしても引きずってしまう。
内罰的な思考だが、それを無闇に責めることは出来なかった。
「なら、次は夏越の祓えだな」
「なごし…」
「節句や節目ごとに清めの儀式はある。古い社に詣でる時にはその都度禊をしなきゃならねえ…。厄除けや厄落としはお前が考えてるよりももっとあるぞ」
ファイが小さく目を見開いた。
「足りなきゃ、何度でもすればいい」
「何度でも…」
小さく呟いたファイが、手の中の形代を見つめる。思いも寄らぬことを言われ、少し呆然としているようだったが、ややあって形代をぎゅっと両手で大事そうに包み込むと、こくりと頷く。
かさり、と手の中で形代がかすかな音を立てた。