[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
このシリーズは比較的短くまとめられそうなので、ちゃっちゃとお話をすすめて、その間に他のシリーズの構成を練ります。
春望は大方終っているのですが、今残っているのが最終的な繋ぎの部分で、一番煮詰まっています。ぐぬぬ…。お待たせしてごめんなさい。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
「ほら黒たん、しっかり食べないとー」
「食べてるって」
ファイが促すのに、黒鋼も応える。
今までパンを食べたことがなかったようで、どうにももそもそした食感が苦手らしい。
焼きたてならばともかくも、毎日毎日焼くわけではない。長期保存の出来るものをまとめて焼くから、時間がたてばどうしてもかたくなってしまう。
燻製や香草の匂いには慣れたらしいが、主食にはいまだ違和感があるようだ。
本人は好き嫌いを滅多に言わないが、かすかに顰められる眉やちょっとした表情の変化をユゥイは読み取っていた。
苦手なパンをスープに浸しながら、行儀良く咀嚼していく。食事の前と後に手を合わせることも忘れない、きちんと教育された子どもだ。
今までと違いすぎる環境なのに、子どもらしい我が儘も言わない。
「黒鋼、スープのおかわりは?」
ユゥイの質問にちょっとだけ嬉しそうに頷くと、黒鋼は素直に空になった食器を差し出した。黒い耳が本人の表情以上にぴるぴると震えている。
可愛いな、とユゥイが思わず笑ってしまうのを見て、黒鋼は恥かしそうに耳を押さえた。子どもっぽいと思われるのが嫌なのだろう。
黒く滑らかな毛触りの黒鋼の耳はファイの大のお気に入りだ。よく後ろからぎゅっと抱きしめては黒鋼の短い髪の毛や耳の感触を楽しんでいる。
「放せって」
黒鋼の抗議もどこ吹く風で、ぐりぐりと頬を押しあててべったりと背中に張り付いている。子どもの高い体温が気持ちいいらしい。
まだ二人の肩くらいまでの背丈しかない黒鋼だ。充分抱きかかえられる大きさだけれど、その骨格はしっかりしている。もしかしたら自分たちよりも大きくなるかもしれない、とユゥイはひそかに思った。
まだ成長の過渡期だからだろう。身長のわりに細身だが、長剣を扱うだけあってその体はよく鍛えられている。
若い分だけ体力の消耗からの回復も早く、ファイとユゥイの不安はすぐに解決した。
もう一つ、黒鋼と暮らす上で助かったのは、彼が雪の深い冬の過ごし方を知っていたことだ。この地での生活に慣れたファイやユゥイはともかくも、雪の国では一つ判断を誤れば命を落としかねない。双子が注意を促すよりも先に黒鋼自身がそれを理解していた。
無謀に外に出たいとは言わず、じっと自分の体の回復に努めている。
故郷へ帰りたいと、一言も言わない。願わないはずは無いのに。
そんなところがいじらしいから、ユゥイもファイも余計に可愛がりたくなるのだろう。
長椅子で構わない、もうそんな歳ではない、と嫌がられても強引に黒鋼を自分たちの寝台に寝かしつけるのも、この家に寝台が二つしかないからではない。
たびたび夢に魘される子どもが、少しでも安心するようにと願ってのことだ。
体を強張らせ、固く握り締めた拳を震わせる姿は、悪夢を見ているからだと分かっていても痛々しい。
そんな夜はただ抱きしめて、呼吸が落ち着いたものになるまで背中を撫でてやるのだ。人の気配と体温に安心するのだろう。しばらくそうしていると、黒鋼の体から強張りが解け、寝顔も苦しそうではなくなる。
歳相応のあどけない寝顔を見て、ファイとユゥイはほっと自分たちの眠りに落ちるのだ。
夢の中で、黒い狼が緑の野山を駆け回っていた。そんな鮮やかな緑を、ファイもユゥイも目にしたことは無い。もしかしたら黒鋼の故郷なのかもしれない、と夢の世界で感じていた。
もしそうでなくとも、いつかこんな美しい世界に、彼を帰してあげたいと思うのだ。