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今日中にもう一話上げたい…。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
声も無いままに何度も何度も涙が零れるままに泣いたのはこれが初めてではない。
向けられた背中に無言の拒絶と別離を感じ取り、夢だと知った後も幾度も幾度も泣いた。
けれど、今流す涙の意味は違う。
信じてもいいのだろうか、と思った。信じたいと思った。
逃げたのは自分なのに、黒鋼に会いたくて堪らなかった。
ファイの希望を汲んで、程なく黒鋼が呼ばれてきた。
気を利かせてくれたらしく、他に人影はない。女も黒鋼が姿を見せたのと入れ替わりに退出していった。
黒鋼の眉間に皺が寄っている。相変わらずだと思って可笑しくなった。
険しい表情だが、憔悴しているようなのは知世あたりに何か言われていたせいだろうか。
唇を引き結んだまま、黒鋼が無言でファイの傍らにどかりと腰をおろした。
しばらく互いに無言のままだったが、ファイには苦痛ではなかった。ようやくまじまじと黒鋼の顔を真正面から見ることが出来る。
自分の知っている黒鋼と今の黒鋼、どこか違うところや変わったところがあるだろうかとまじまじと見つめても、離れたまま過ぎ去った年月の片鱗を見出すことは出来なかった。
離れた時と変わらぬ黒鋼の姿に、ファイは唇を綻ばせる。
先に口を開いたのは黒鋼だった。
「悪かった」
「?」
低い声にファイが首を傾げる。気だるい感覚は未だに全身を支配していたけれど、我慢出来ないほどではない。
起き上がって黒鋼の顔を真正面から見ようとしたが、それは黒鋼の手のひらに遮られる。
浮いた背中を布団に沈められ、きっちりと肩まで覆われる。子ども扱いされているようだと思ったが、黒鋼にそんな風に心配されているのが今は素直に嬉しい。
「知世にも蘇摩にも散々言われてたんだがな」
「…」
何を謝っているのだろう、と思ってそれがあの女性と子どものことなのだと思いあたる。それ以外に黒鋼がファイに謝ることは他に無い。
少し前ならば、心変わりを謝罪しているのだと考えただろうが。
「知世姫に怒られたんだ」
「…ああ」
「じゃあオレもきちんと黒様の話聞かなかったから後で怒られなきゃ。そしたらおあいこだね」
黒鋼が軽く目を見張ったのが分かった。
「もっと早く君と話をしていたらよかったのに」
ごめんね、と呟いた声はやはり語尾が奇妙に掠れて震えていた。どれほど信じていても、最後の一足を踏み切る時には恐怖が付き纏う。
そろりと黒鋼の方を窺うと、少しだけ瞳を眇めて笑っていた。
「お前が謝ることじゃねえよ」
大きな手のひらに頬を撫でられて、すり、と頬を押し付ける。節くれ立ち、剣だこでごつごつした大きな手は温かい。
じんわりと頬に感じる温もりに凝り固まった心の奥底が解けていくようだった。
ずっと帰りたいと思っていた。その場所にようやく辿りついてたのだと実感する。