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パトラッシュ僕もう疲れたよ…。
実質これで終わりなのですが、後日談的にもそもそと書いたほうがいいのでしょうか。
いや、一応まとめであと一、二話は書かねばならないのですが。
そして衝撃の事実。
連載中エロイことやってないよこのお話。エロテロリスト不覚。不本意。
うん、オフ本発行の時に書き下ろし頑張れって801神のお告げだ。きっとそうに違いない。
では下からどうぞ。
魔力による衝撃というのは思ったよりも深くファイの体を傷つけていたようで、目覚めて数日が経っても医師からは安静にときつく言いつけられていた。
知世によればそれでもまだましだという。
ファイを傷つけたのは自身の魔力だが、同時にその魔力の防衛本能により無意識に体を守っていたらしい。
その加減も元々の魔力が桁外れであるだけに紙一重だったそうだが。
それを聞いた黒鋼の表情は今更に強張り、おかげでファイは勝手に起き上がることも出来ない。
いい加減寝ているだけも飽きて少しは体を動かしたいのだが、誰かに見つかるとすぐに黒鋼が呼ばれるものだから参ってしまった。
そう思って人目の無い時にこっそりと布団を抜け出したのだが、どうやら未だ体調が万全ではなかったらしい。
運悪く立ち眩みをおこしてうずくまったところを黒鋼に見つかってしまい、強制的に布団へと戻された。
もう大丈夫だと思った、と言っても実に説得力が無い。仕方なくされるがままに横になる。
今ファイに与えられた部屋は白鷺城の城郭のどこからしいが、安静を言いつかっているファイには城内のどの辺りにいるのかすらも分からない。
人が少なめなので本丸ではないのはわかるが、知世姫が気安く訪れることの適う範囲ではあるようだ。
どういった経緯でここをファイに提供しているのかは分からないが、それが知世の判断ならば間違いはないのだと思う。
ファイは横に腰をおろしている黒鋼を見上げた。憮然としている。
病人が勝手に寝床を抜け出していたのだから当然かもしれない。
ファイが意識を取り戻してからというもの、黒鋼が傍についていてくれる時間が多かった。
それは知世の計らいによるものだろうが、万全の調子でないファイは薬による眠りが長い。黒鋼もなるたけファイを一人にすまいと気遣っているようだったが、忍として急な勤めがは致し方ない。
こんな風にゆったりとした時間を過ごすのは目覚めて以来だった。
眉間の皺を深くする黒鋼の表情に、心配させる申し訳なさよりも嬉しさを感じてしまう。
思わず忍び笑いの漏れたファイに黒鋼が怪訝そうな視線を向けた。
こうして怒られたりするのもなんだか久しぶりで、それさえも嬉しい。
胸に僅かに残り、くすぶり続ける懸念も、今なら聞けるかもしれない、と思った。
少しだけ息をつめ、細く吐き出す。彼に耳に届くのが、緊張した声でなければいい。
「ねえ、なんでお父さんって呼ばれてたの?」
「ああ?」
「あの子に呼ばれてたじゃない『お父さん』って」
それで誤解したんだよ、と苦笑するファイに黒鋼も気まずそうな表情を返す。
勘違いを招くのも無理はない呼び名だ。
「最初に人から君に奥さんがいる、って聞いたときには『まさか』って思ったんだけどね。実際目の前でそう呼ばれると疑いようがないじゃない」
「…」
「頭の中が真っ白で、…君の時間の中にもうオレは要らないんだー、って考えた」
責めるつもりではなかったがそう聞こえたかもしれない。ファイの前で黒鋼が困ったような、苦い物を飲み込んだような顔をする。
「…あいつの父親が忍だったらしい」
「うん」
「同じような年かさの男を見ると思い出すんだろ。だからってわけでもねえがな」
「…うん」
「もともと身近な年上の人間を親しんで父親や兄、って呼ぶことがあるんだよ。だからそう呼ぶのも呼ばれるのも違和感がなかった。お前も聞き覚えねえか?」
そう言われればそうなのかと納得してしまう。自分がどんな表情をしているのかファイには分からなかったが、黒鋼がこつりとファイの額を突いた。
「考えすぎんのがお前の悪い癖で、言葉が足りねえのが俺の悪い癖だな」
そう言ってふっと笑う黒鋼の顔つきがなんだかとても優しく見えた。
それにつられて、聞くつもりのなかった問いがファイの唇から零れる。
「もし、って考えなかった?」
一度転がり出た言葉は止まらない。愚かなことを聞いていると理解しながらファイは聞かずにはいられなかった。
「オレを待つことをやめて、あの人とあの子と本当の家族になって…。そしたら君は…君には…ちゃんと血を分けた子どもが生まれてたかもしれない」
「いらねえ」
あまりにもきっぱりと即答されてファイが言葉に詰まる。
幾度も幾度も悩み続けた問いだった。
悩み続けて、手放せなかった思いだった。
黒鋼に否定して欲しくて。それでもそれが彼の幸せなのだと考える自分もいた。
それなのに自分には与えられない幸せを、黒鋼はいらない、と言う。
「俺が選んだのはありもしない『もしも』じゃねえ。居もしない奴のためにお前を手放すなんてことはしない」
赤い瞳から目が離せない。真摯なその光のどこにも偽りや誤魔化しはなかった。
黒鋼は本心からそう言っている。
彼が下らぬ嘘を弄するはずもないと知っているのに、一つ一つの言葉を確かめるようにファイは耳を澄ましていた。
緊張して高鳴る自分の鼓動の音すらも邪魔だ。
「お前が一人で行っちまって…もう逢えるはずもないと分かっていたのに、馬鹿みたいにお前をずっと待っていた。
笑うか?」
馬鹿だね。
嬉しい。
ありがとう。
いくつもの言葉が、思いが、一瞬のうちに奔流のようにファイの頭をよぎるけれど、どれも声にはならなかった。
涙も出ない。
息の仕方さえ忘れてしまう。
ただ。
今この瞬間ならば、どれほどの幸福に満たされて死ねるだろうか。
呼吸さえも侭ならない唇がもどかしくて、ファイは喘ぐように喉を震わせた。
恐る恐る伸ばした指先を黒鋼の手が握り締める。
みっともなく震える指先が、黒鋼の温度で染まった。
「泣くな」
黒鋼の大きな手がファイの頬を撫でる。
いつのまにか頬を涙が伝っていた。
自分が泣いていることさえも分からない。
包み込まれた指の温もりと、黒鋼の声だけがファイの全てだ。
「お前はただ、馬鹿みたいにいつも笑ってりゃいいんだ」
だから泣くな。
低く囁く黒鋼の声だけが、いつまでもファイの頭に響いていた。