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先日のチャットで頂戴したネタ。
その節はお世話になりました。(目を逸らしつつ)
えー、と…ご期待に添えなかったら申し訳ないのです。(脱兎)
では下からどうぞー。
日差しが徐々にきつくなる日中とは裏腹に、未だ夜はひんやりと冷気を含み肌を粟立たせる。
湯で火照った体にはそれが心地よい。
短い髪を手拭でがしがしとぞんざいに拭うと、肩に冷えた飛沫が散った。
僅かな疲れを覚えても、昂った体ではすぐに眠れるとも思えない。
それは先に湯からあがったファイも同じだったようで、寝屋の襖を開けると敷かれてある布団ではなく、開け放した障子に持たれかかりながら縁側に座り込んでいた。
月下に不美人はいないというが、十六夜の光を受けるファイの姿はどこか人間離れしていて、その容貌を見慣れているはずの黒鋼でさえも小さく息を呑んだ。
淡い金色の髪も、深い蒼の瞳も、月華に映えるために作り上げられて生まれたようにも見える。
黒鋼が傍に来ないのを訝しがって振り向いた彼の顔は、既に黒鋼の見知ったそれであったけれど。
「どうかした?黒様」
いささか億劫げに首を傾げるファイに、自分の馬鹿げた考えを悟られぬように黒鋼は「いや」と言葉を濁した。
「…いい月夜だ」
そう言った黒鋼に微塵も不審を感じなかったのだろう、ファイもすぐに頷く。
「そうだね、綺麗なお月様ー」
月を見上げるファイの襟は普段よりも幾分しどけなく緩められている。首の後ろもゆったりと抜いているところを見ると、黒鋼同様に湯上がりの肌を夜気でさましているのだろう。
育った環境からかファイは寒さには強いのだが、気候や気温の変化が激しい環境には体が慣れていないようで、特に暑さに弱い。
最初に日本国に来た年に一番体に堪えたのは、おそらく夏の盛りよりも梅雨だっただろう。
じっとりと肌に纏わりつくような湿気と真綿で首を絞めるような不快な暑さにげっそりとしていた。
その姿を思い出し思わず唇の端が歪んだのを目敏く見つけたファイが黒鋼を揶揄する。
「あー、厭らしいんだ黒様ったら。思い出し笑いなんかしてー」
にんまりと黒鋼を突っつくファイの隣に胡坐をかいた黒鋼は飽く迄泰然としている。
黒鋼の反応をよく見ようと身を乗り出したファイだったが、逆に黒鋼の手がファイの顎を掬い上げ上向かせられる。
「んなこたぁ、お前の方が良く知ってんだろうが」
にやりと笑った黒鋼に親指の腹で緩く唇をなぞられて、ファイの頬に血が上った。
二人して湯を使うはめになった原因を脳裏に蘇らせ、忘れていた羞恥にどんどん肌の奥から熱くなってしまう。
きっと耳まで真っ赤になってしまっているだろうと思うと、何とも恥かしくてやり切れない。
照れ隠しにかぷりと黒鋼の親指に歯を立てて睨みつけてみるのだが、黒鋼に堪えた様子が欠片もない。
むしろ不適なその顔に自分の方が居たたまれないような気持ちになってくる。
「うう~、…っもう!」
これ以上顔を真正面から覗き込まれるのはさすがに御免被りたいと、ファイはずるずると姿勢を崩して黒鋼の膝に突っ伏した。
頭上からくっくっと黒鋼がかみ殺しきれなかった笑い声が降ってくる。
自分よりもはるかに年下のくせに、とファイは胸の内で毒づいた。
そんな毒ですら黒鋼の掌がファイの頭を撫で、結わえていない髪を梳きだした途端に霧散し、かわりになんとも言いようのない甘やかな熱が頭の芯を痺れさせる。
「おい、その体勢じゃ辛いだろ」
筋肉と骨でごつごつとした膝ではけして気持ちが良いとはいえないだろうと、黒鋼はファイに声をかける。
だが、ファイはうつ伏せたまま小さく頭を振った。
「オレは厭らしーい黒様のせいで体の色んなところがが辛いの。だからー、黒様はもうちょっとオレの枕になってなさーい」
くぐもった声とともに、膝の辺りの着物をファイがきゅっと握り締める。
真っ赤な顔を上げられないことよりも何よりも、ただ触れた温もりを手放すのは惜しく、離れ難いのだ。
そのまま、しばし無言で二人は縁側に佇んでいた。
さらりさらりと、黒鋼の指の隙間から細い金色の髪が零れ落ちるかそけき音だけが二人の耳に届く。
甘く火照る二人の肌の上を、涼やかな夜気が撫でた。