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少し長めのお話です。
前提として、
同居しているものの黒鋼とファイはくっついていません。
なんで日本国に連れ帰ったのも、仲間に対する気遣いや同情と互いに認識しているようです。
一月の休日はもっぱらこのシリーズに勤しみます。
あ、ちゃんと拍手御礼やその他も進めますよ。頑張ります。
では、下からどうぞ。
一つの長い旅が終った。
失ったもの、得たもの、幸福や悲しみ。経験したそれら全てをいずれ悔やむ日も懐かしむ日が訪れるかもしれない。
けれど、それは今でなくこれから訪れる未来の話である。
全てが終わった。
そして、そこから始まる物語もまたあるのだ。
日本国白鷺城。
日本国を治める帝とその妹姫であり、国内随一の魔力の持ち主である姫巫女のおわす場所だ。
その姉妹が先ほどから顔を突き合わせて何やら話し込んでいる。深刻な、とは言いすぎだがあまり愉快とも言えないらしいその内容に、帝は少し呆れたように眉根を寄せて、妹姫は困ったように笑った。
「由々しきことですわねえ」
「全く…」
帝の艶やかな朱唇から零れたため息は扇に行き先を遮られ、空気に溶けた。
「少しはマシになったものと思っておりましたが…」
呆れた、とは言葉にしないまでも妹姫にはしっかりと伝わったようで、知世はそんな姉に同じような思いを込めて微笑む。
「仕方がないのかもしれませんわ。
だって二人ともそのような思いを育む状況とはかけ離れたところで生きてきたのですもの。
仮にすでに心が動いていたとしても、それを自覚し認めるまでにはもしかしたら途方もない時間や葛藤が必要かもしれません」
ある日。旅を終えた忍者が主の元へと帰還を果たした。
彼はその時一人ではなく。とうに故郷を失ったという旅の同行者を伴っていた。
この国には存在しない金色と蒼。
淡く輝くようなその人と、けして短くはない時間を共に過ごした間に生まれた絆がどのような形であるのか、それは余人には知りようがない。
けれど、忍者の変わりように彼を知る者は皆安堵したのだ。
日本国に帰ってきた時、二人の手は固く繋がっていたのだから。
「だからと言って…、とうに情の通じ合ったようにしか見えないという二人がいい年をして」
天照の唇からはまたもやため息が零れる。
「未だに清らかな間柄だと誰が思いますか」
「要するに二人ともあれが初恋だということでしょう」
くしゅん、と小さなくしゃみをする。
寒さには強いと思っていたのだがもしかしたら風邪でもひきはじめたのだろうかとファイは首をかしげた。
生姜湯でも飲もうかと思いながら、大根と人参と大豆を煮付けている鍋の蓋をあけて火の通り具合を確かめる。菜種油で葱と炒めて臭みを消した鮪の血合いは黒鋼が帰ってきたらもう一度温めればいい。
そう思って、炊いた米をお櫃に移していると、玄関の引戸が開く音がした。
ファイがお帰り、というよりも先に「今帰った」とこの家の持ち主の声が寄越される。
煮物の鍋を火から下ろし、予め用意しておいた汁物の鍋を火にかける。
手を手巾で拭いながら、ファイは廊下をずかずかと歩く男に声をかけた。
「黒様お帰りなさーい」
短く「おう」と答えた黒鋼からは淡い白粉の香りが僅かに残っている。
おそらくはいずれかの色街で女を抱いてきたのだろう。
時折、黒鋼は商売女のもとへと出向く。
特に心に決まった相手がいるわけでもないのだし、男の体の欲求を発散させるその行為が責められる謂れはない。だが、あまり大っぴらに口にすることでもないのだとファイは理解していたので、特にそれについて言うこともなかった。
ファイの生への執着は薄い。
長命ゆえにか、自らの体が生物としての種の保存の欲求に襲われることのないファイには、ごく普通の男の欲求が時折不思議なことに感じられる。
ただ、自らでは感じることの出来ない生への命の渇望が、ひどく愛しくなることもまた事実だった。
若い男の体の中に息づく生命の脈動を、憧憬にも似た感情で見つめていた。自分から遠いものだからこそなのかもしれない。
「先にお風呂入る?白粉の匂いついてるよ」
そう言うと、黒鋼も白粉の匂いには辟易していたのか眉間の皺が寄せられる。
女の体を求めることとは別で、甘ったるい白粉や香の匂いがどうにも好きではないらしい。
けれど、温められやわらかく家中に漂う食べ物の匂いには抗えず、着替えだけ済ませて先に食事にするという。
小さく笑ってファイは夕餉の膳を用意した。