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黒たんは犬系耳ですが、犬じゃなくて狼です、とここで主張しておきます。日本狼。
追記・誤字のご指摘ありがとうございます。直しました。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
ユゥイは鍋をかき回していた手を止めた。燻製の肉と野菜のスープからはハーブの良い香りが漂っている。
地下貯蔵庫で保存している野菜には限りがあるが、子どもには出来るだけ滋養のあるものを、と考えてのことだった。
あれから少し水とスープを口にさせた後、子どもは再び昏々と眠りについた。次に目を覚ましたのは一日以上経ってからだった。
家族も故郷もなくなってしまった事実を受け入れざるを得なかった少年の眠りは、安心には程遠いものであっただろうけれど、それでも体を休ませるためには必要なものだったのだ。
再び目を覚ました時には、少しやつれてはいたもののしっかりとした声で空腹と渇きを訴えた。
未だに警戒は抜けきらないものの、ユゥイとファイが自分に少なくとも今の段階では危害を加える存在ではないと判断したのだろう。
素直に与えられた食事を食べ、薬を飲み、回復に努める。
「黒鋼」と名乗った彼は口数の多い子どもではなかったが、饒舌には程遠い言葉の端々から少しずつ彼の育った環境や生い立ちが分かった。
おそらくは双子も知らぬほど遠い遠い国の生まれだということ。言葉が通じないだろうと思い、魔術で言語の疎通が図れるようにしたことをすんなりと受け入れられたのは、彼の母親が一族の巫女として高い魔力の持ち主だったからだということ。
言葉少なではあったけれど、自分自身に言い聞かせてでもいるように、彼は自らのことを語った。忘れないためなのかも知れない。
体の傷が癒え、一人でも家の中を歩き回れるようになったころだった。
もう大丈夫だと判断したのかもしれない。ファイが布に包まれた長い包みを持ってきた。
それを見た黒鋼がはっと目を見開く。
「君のだよね」
ずしりと重いそれをファイの手から受け取った黒鋼が慌てて包みを開く。あらわれたのは拵えの見事な一振りの長刀だった。
室内の明かりを受け、柄の龍がまるで生きているように光る。ほう、と誰がついたのかすら分からない溜息が落ちた。
「銀竜…」
黒鋼がぽつりと呟いた。刀の銘なのだろう。これ以上無くしっくりと馴染む。
感情を抑えられなかったのだろう。黒鋼は銀竜を握り締めて俯いた。小さく肩が揺れていた。
「熱で魘されてる間も、ずっとこの刀を探してたよね」
黒鋼を拾ってきた次の日、ファイはこの長刀を探し当ててきたのだ。黒鋼の倒れていた近くで雪に埋もれていた。
今となっては唯一故郷と黒鋼を繋ぐよすがだ。
そのまま黙っている黒鋼にファイもユゥイもかける言葉がなかった。かつて焼け野原になった大地を二人も覚えている。
失ったものを、取り戻せないものを、その事実を突きつけられた時に、人は必ずしも悲しむことが出来るわけではないのだ。
俯いた黒鋼が泣いているのかもしれない、と思った。泣くことが出来ればまだいい。呆然として心がそのまま凍りついてしまうよりは。
けれど、やがて顔を上げた黒鋼は泣いてはいなかった。目元は赤みを帯びていたけれど、きらきらと精彩溢れる力強さがそこには溢れていた。
ファイとユゥイを見据え、黒鋼は「ありがとう」と唇を震わせた。掠れた声に、見た目ほどには落ち着いているわけではないことが分かったけれど、双子はただ黙って頷いた。
必要なのは言葉での慰めではなかった。きっと黒鋼の心がこのまま萎えて朽ちてしまうことは無いだろう。
ただ、黙っていてもその心が安らげるように、傍にいたいと思った。
黒鋼が双子に心を許し始めたのはそれからだった。
「薪はこれで足りるのか」
扉の開く音がして、ユゥイは振り返る。
「ありがとう。今日の分はそれで足りるからあんまり無理しちゃ駄目だよ?」
「いつまでも病人扱いするなよ」
不満そうに唇を尖らせるその仕種が幼く見えて、ユゥイは笑う。
「スープが温まったからファイを呼んできてくれるかな?」
「また書庫か?」
「そう」
仕方ねえなぁ、とぼやきながら小走りに駆けていく黒鋼の後姿を見てユゥイは小さく吹き出した。
時々黒鋼とファイではどちらが保護者なのか分からないやり取りがある。
黒鋼が心を開いてくれたのは嬉しいが、ファイがユゥイとは違って黒鋼に懐いたのも驚きだった。
もっともファイに言わせればユゥイも黒鋼には甘いらしい。
奇妙な三人の生活だったが、まるで最初から三人で暮らしていたかのように平穏な日々が続いていた。
季節はまだ雪深い冬だけれど、この三人の住処はそれよりも少しだけ温かい。
ふわりとスープの香りがユゥイの鼻をくすぐっていった。