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日本国忍軍徒然苦労話⑧
「まあ、それは大変でしたわねえ」
おっとりと姫君が小首をかしげる。
「騒がせたな」
「ご迷惑おかけしましたー」
ファイがぺこりと頭を下げるのを姫君はそっと遮り、黒鋼に花の顔を向ける。
「知らなかったとは言え、此度のことは私からもお詫びいたします。
監視をつけるにしろ限度がありますし、勝手な憶測で命を奪おうだなどとは論外。
口の軽い忍者というのも困りものですもの。
あとはおまかせください。」
最後の言葉はファイにも向けられた。
「今後はこのようなことがないようにこちらで『調整』いたしますから」
何を。
「屋敷の修繕が終るまでは城内の局を用意しますから、どうぞそちらでお過ごしください」
黒鋼とファイが寝起きしていた家は二人の攻防で灰塵に帰していた。
「いえ、…ご迷惑じゃあ…」
「元々城詰めの時間が長い者や夜詰めの忍に解放している部屋ですから、お気になさらないでくださいませ」
せっかくお城にいるのですものお話し相手になってくださいね、そう言って微笑む姫君はやはりたおやかで愛らしい。
でも。
(『調整』って何――?)
(聞くな、絶対に聞くな)
女の秘密はけして覗いてはならない。白鷺城に限らず、それは古今東西のお約束だった。
日本国忍軍徒然苦労話⑨
その日、朝餉を終えて間もない帝と巫女姫の部屋の様子がいつもと違っていた。
女中や忍など普段はそこにいない人数が集まり、皆真剣な顔をして何かを待っている風だった。
「皆、よろしいですか?」
姫巫女の問いに各々がこくりと頷きを返す。
「それでは各自、書いた札を伏せて前にお出しなさい」
帝が促すのに従って、短冊のような大きさの紙をそれぞれが自分の膝の前に伏せた。何やら文字が書かれているようなのだが、今は裏返され他者の目には触れることはないようになっている。
沈黙の中廊下を歩む音が聞こえてくると、無言の緊張が漂った。
やがて若い女の声がかかる。
「失礼いたします」
お仕着せの女中の服を着てはいるが、足の運びや目線の配り様から忍軍の一員だと知れた。
すっと頭を下げて部屋に入って着たその女忍が口を開くのを、皆が固唾を呑んで見守る。
皆の期待を一身に受け、どう切り出したものか一瞬躊躇ったようだが、女忍ははっきりと通る声でこう告げた。
「昨晩は何事もなく」
途端に座がざわめきだす。
「何事もなく…?」
眉を顰めた帝が鸚鵡返しに問うた。
「何事も、というのは正確ではございませんが」
そう前置きして女忍は懐から小さな書付を取り出す。
細かな字でびっしりと書かれたそれらの中から該当箇所を拾い、読み上げた。
「亥の刻にはしばらく白の御方が黒鋼を膝枕をした状態で睦言を交わしておりましたが子の刻には二人で床に入りました。
その折に黒鋼が白の御方の額に口付けた後、横になり腕枕などしておりましたが…昨夜は特に交合はございませんでした」
幾許かの間部屋の中は静まり返っていた。
が。
「あああ!また外れたぁっ!!!!」
「俺『後背位込みで二回』に賭けてたのに!」
「なんで昨日に限って手を出さないのぉ!?せっかくの休みなのに!!」
「誰もいないの!?額に接吻、その後腕枕って書いた人ぉ」
悲鳴がどっとあがった。
帝も沈痛な面持ちで深くため息をつき、額を手で押さえた。姫巫女はというと、やはり頬に手を添えて困ったように首を傾げている。
「外れてしまいましたわねえ…」
「全く…絶好の機会だろうと踏んだものを」
甲斐性無しめ、とさぞ本人が聞いたら噴飯ものであろうことを帝は腹立ち紛れに呟いた。そうでもしないとこの遣る瀬無さはどうしようもない。
帝は気に入りの鼈甲の簪を、姫巫女は舶来物の香木をそれぞれ賭けていたのだ。
ちなみに優美なその手が握りつぶした短冊には「立ち鼎」と書いてあるのが見て取れた。
「また誰も正解しなかったのですね」
女忍の冷静な突っ込みが全てを物語っていた。
寝返りを打つファイを抱きしめなおす黒鋼の姿や、寝起きのファイがまだ覚醒しない黒鋼にそっと口付けて一人で赤くなっていたのも見ていたのだが、それはそっと自分の胸にしまっておこうと彼女は思った。
白鷺城は今日も平和だった。
城内に留まっている黒鋼とファイの夜の行動をネタにした賭けは、本人たちの与り知らぬところで着実に参加者を増やしていた。
この後、黒鋼にばれてそれまでの賭け金すべてを没収されるまでこの賭けは続いたという。