[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
なぜか長くなりました!
堀鐔。カテゴリーは黒ファイなのにユゥイのが出番多いです。
02. 義理
職員室の扉を開けた途端、黒鋼は回れ右をしたくなった。
悪意なく人をもてあそぶ上司が大変ご機嫌だったからでもなく、害意なく人を振り回す同僚が微笑んでいたからでもない。
甘ったるかったのだ。匂いが。
そういえば受け持ちの生徒たちが妙に浮き足立っていたな、と思い出す。
年が改まったと思ったら、早くもピンクや赤いハートのパッケージが飛び交う季節となったらしい。
こうなったらさっさと用を済ませて体育教官室に帰ろうと理事長にいささか乱雑にプリントを手渡した。
侑子はそんな黒鋼にまったく気分を害した様子もなく、お疲れ様ーvと上機嫌に声を返した。
手に持ったトリュフと理事長が滅多に開けない茶葉(正確には面倒見のよい某生徒が「もったいない」と言って淹れてくれない茶葉)使用の紅茶がご満悦の源らしい。
職務時間であるはずだが、彼女の机ではお茶会が始まっている。食べ物を実に幸せそうに食べる姿は彼女の美点の一つだろうと思う。が。手にした以外にも、机上には甘そうな菓子類が所狭しとひしめいていて、甘ったるい匂いはここか、とげんなりしながら踵を返した。
扉一枚、抜け出ただけで息をするのが随分楽になる気がする。
「黒鋼先生」
柔らかな声音は聞きなれたもの。否、聞きなれた声と同じ、もう一人の該当者の声だった。
呼ばれた方に顔を向ければ見知った顔が、お疲れ様です、と微笑んでいた。
ふわり、とほのかに立ちのぼるバニラの香りは調理実習の時についたものらしい。
彼のもともと暮らしていた国とは大分意味合いの異なる風習であろうが、一番身近にいる人間が真っ先に飛びつきそうなイベントだけに、あっさりと飲み込んだようだ。
手に持っている小さな包みもおそらくは双子の兄にねだられて作ったものだろう。
「すごいですよ、眉間の皺」
「…苦手なんだよ」
職員室の扉を軽く睨むと軽やかな笑い声があがった。
この弟をみると時折、僅かばかりではあるがいたたまれない気持ちがよぎる。姿だけで言うならばまったく同じ人間と自分が関係を持っているからなのだが、心身ともに近づいた相手の肉親と直接付き合いがある、というのはいささか気まずい思いが拭えない。
はあ、と深いため息をついたのをよほど甘い匂いに嫌気がさしたと思ったのか、ユゥイが眉をちょっと下げる。
困ったように笑う顔は確かに双子の片割れと同じで、いったん二人が私服になれば区別がつかない、と言う人間はいまだに多かった。
「侑子先生の机の上でしょう?すみません、あれ作ったのオレなんです」
最初は生徒に調理実習で教えるだけだった。それを聞きつけた兄にねだられ、彼の食べる分を考えているうちにどこで話が大きくなったものか、理事長からリクエストが届いていた。
ファイから大体の説明は聞いていたし、イベントならば盛り上がった方が楽しいだろうと、最終的に高等部の職員に配ることにしたらしい。
「でも黒鋼先生が甘いもの嫌いだってファイから聞いたのが昨日で…」
「いや、気にしなくていい」
「なので市販品で勘弁してくださいね」
あまり甘くないですよ、と言われ渡されたチョコを反射的に受け取る。甘いもの嫌い、酒好き、と知れ渡っている黒鋼に合わせて焼酎チョコだった。
パッケージを見て軽く目を見張ったのは、それが黒鋼でもけして安価ではないと分かるメーカーだったからなのだが。
「ファイがお世話になってますから」
ユゥイは悪戯っぽく、ついでにこれからも面倒かけちゃうと思うんですけど、とつけくわえる。
彼なりにきっと、片割れへの心配と、一番近しいからこそ黒鋼との間に他の人間とは違う距離を感じとったのではないかと思った。(もしくは双子の弟には、隠し事どころか聞かれてもいないことまでべらべらと報告しそうな兄の口からすでにばれている可能性が無きにしも非ずだ)
少々面映さを感じながらも、こちらの嗜好をかんがみて選んだものであり、確かに黒鋼の好みだった。有難くいただくことにする。
「気を使わせて悪いな」
「お返し期待してます」
柔らかに冗談をかえす微笑みは双子の兄と同じはずなのだが、黒鋼はまったく違う顔に見えてしょうがない。
おう、と手をあげてそれに答えた。
「ひどい!ユゥイ!よりにもよって黒たんせんせーにチョコをあげるなんて!!」
ドアを開けた途端にショックを受けて泣真似をする双子の兄が抱きついてくる。
「だってファイが言ってたでしょう?お世話になってる人にありがとう、っていう意味で贈るチョコもあるって」
義理チョコっていうんでしょ?
「某有名百貨店が一日限り、お一人様一箱限りで百個限定販売、二時間足らずで完売した幻の酒使用焼酎チョコを義理であげたの!!?ひーどーいー。オレに断りもなくー」
「…食べたかったんだね、ファイ」
いつどこでそんな詳しい情報を仕入れてきたんだろう、と疑問に思いながら、脳裏に酒好きを公言して憚らない女性がよぎる。
ひどーい、とこちらを詰る口調の兄の瞳はキラキラして、これは焼きもちなどではなく、純粋に「幻の酒」とやらが味わってみたかっただけだろうと容易に想像できた。
ついでに相手も自分の次の言葉を予想しているのだろう。
仕方ないな、と苦笑して、一緒に食べておいでよ、と耳元で囁いてやる。
途端にぱあっと輝いた顔は本心からであって、それがチョコのせいだけではないのも良く分かっていた。
どちらかというと、黒鋼にあげた義理チョコは体の良い理由で、自分の片割れに喜んで欲しかったのが本音かもしれない。
チョコレイト五題
capriccio(http://yucca.b7m.net/capriccio/index.htm)