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今回も予定進行ならず。話数だけなら「花の落ちる~」と並びました。
腰痛が相変わらず再発して、これはどうも原因は疲労ではなかろうかという結論に達しました。
相棒も腰痛のようです。
どこまでシンクロしてんだ、うちら。
職場がグダグダではっきり言って辛い。
そんな人ばかりではないと知っていても、働きにきているのだという自覚の無い派遣さんには、教えることなど何一つとしてないのだから。
彼女が同い年だというのが頭痛を加速させます。
うう…私事の愚痴で申し訳ない。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
二言、三言言葉を交わしたのが最後になった。
優しい別れの言葉に、もう傷つくことは無かった。
「ごめんなさい…」
掠れた声は震えて小さく、相手の耳に届いたかどうかも分からない。
それでも、今はそれしか言うべき言葉が見つからない。
「ごめんなさい…」
傷つけたのは、自分だった。
そろそろ日も落ちきるかという時刻。早上がりでバイト先を退出してきた黒鋼は玄関の手前でファイが部屋から出てくるのと出くわした。
入れ違いで出勤するらしいその姿をとうに見慣れてしまっている。
派手過ぎないが華やかな、仕立ての良い服だった。整髪料をつけていないふわふわとした金髪は、ファイが動くたびにそれに合わせて揺れている。
黒鋼が怪訝に思ったのはファイが俯き加減のままで、黒鋼の姿に全く気がついていない風だったことだ。
「女の子を幸せな気持ちにしてあげるのが仕事」
そう言うだけあって、彼はいつも自分の仕事には前向きだった。たとえ恋人と揉めているときであっても、仕事となればすっぱりと意識を切り替えて常に笑顔を絶やさなかった筈だ。
これまで幾度となくファイの傷ついた姿も泣く姿も黒鋼は見てきた。
けれど、これから仕事だというのに暗く落ち込んだ様子を隠しもせずにとぼとぼと歩く彼の姿はとても黒鋼の知っているファイだとは思えない。
今まで意識して避けていたファイの腕を咄嗟に掴んで引き止めてしまうくらいにそれはあり得ないことだった。
「あ、黒様」
腕を掴まれ、ファイはそこで初めて黒鋼の存在に気づいたようだった。
ぼんやりとした表情に黒鋼は眉を寄せる。夕闇の薄暗がりの中でさえはっきりと見て取れるほど顔色が悪いのだ。
「『あ』、じゃねえ。なんだその顔色は。ふらふらじゃねえか」
思わず声に険がこもる。不機嫌そうな黒鋼にファイは困ったように笑った。
「暑くなったせいかなー、最近食欲がなくて。それでちょっと体調が悪いのかもー。一応お店でもお酒はちょっと控えるようにしてるんだけどねー」
そんなに具合が悪そうに見えてしまったのか、と逆に問うファイの言葉には何もおかしなところはない。
けれど笑い方でわかってしまう。これは何か誤魔化したいことがある時の笑顔だった。
どうせストレートに聞いてもファイはそんなことを素直に答えはしないのだろうけれど。
そう考えて、憮然としたまま黒鋼はファイの手を離す。
「黒たんは?ご飯足りてるー?」
「お前が人の心配なんかしてる場合か」
能天気にも自分の食事の心配をする相手に呆れて、苛立ち混じりの溜息を吐きだした。
「あんまり無茶してんなよ」
付き合っている男は何も言わないのか。そう聞きかけてぐっと飲み込む。
自分が踏み込んでいい話ではないようにも思えたし、何よりもあまり聞きたいことでもなかった。
「うん、ありがとー」
行ってきます、そう言ってにこにこと黒鋼に手を振るファイの姿を黙って見送る。
細い背中が、一段と頼りなく見えた。
携帯の着信が入ったのはバイト帰りの電車の中だった。
履歴を確認するとあまり覚えのない番号で、相手が誰だか分からずにしばし悩んだ。記憶の探ってようやくそれがファイの店だったことを思い出す。
働いていた時に登録し忘れて、結局そのままだった。
かけ直すべきかどうか迷ったが、数日前に見たファイの姿があまりに不健康だったので、もしかしたら倒れでもしたのかと考えると放っておけない。
最寄り駅の改札を出たところでかけ直すと、すぐに店員が電話を取る。
営業時間中の店の音が遠く聞こえた。電話をとったのが知った相手だったので、黒鋼が名乗るとすぐに話が通じた。
「黒鋼さん、今お時間大丈夫ですか?」
「多少はな」
「あの…申し訳ないんですけど、ファイさんを迎えに来てもらえませんか」
半ば予想した答えに小さく息をつく。
「どうした、酔い潰れでもしたのか」
この店で働いていた時、ファイの帰りに付き添うのは黒鋼の役目だった。それを覚えていて連絡してきたのだろう。
まだ営業しているだろうに何をやっているんだと呆れる。
「いえ、潰れてはいないんですけど…」
電話越しに困ったような店員の声がした。
「俺たちじゃちょっと手に負えなくて…」
一体どんな状況だと言いたくなった黒鋼だが、確かに酔って駄々っ子のようにグズグズと言い出したファイをあしらうのは容易ではない。
酔っ払いのクセに口だけは驚くほど達者なのだ。
ファイの扱いに心底弱りきっているのだろうスタッフが電話の向こうで申し訳なさそうに頭を下げるのが想像出来た。
黒鋼はすぐに返事が出来ない。
ファイに対するもやもやとした感情がなんなのか。分からないのではなく、直視したくないのだといい加減気づいていた。
けれども、その正体を汲み取ることに恐れを覚えている。
真正面から向き合って、どこへ向かえばいいのか。
それすら分からないのに。
それでも黒鋼は切り捨てることなど出来ずに、分かった、と返事をして携帯を切った。
夜の街を海のように泳ぐタクシーを呼びとめ、店の名前を告げた。