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二次創作中心ブログ。 ただいまの取り扱いは忍者×魔術師。 妄想と現実は違う、ということを理解した上で二次創作を楽しめる方はどうぞ。 同人、女性向け等の単語に嫌悪を感じる方は回れ右。 18歳未満は閲覧不可。 無断転載禁。
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春望続きです。


下からどうぞ~。







低い音が響いたかと思うと、雲の間を光る稲妻が走った。
数瞬の間を置き、暗く立ち込めた雲からはぱたぱたと雫が落ちてくる。
この時期は毎年のように雨が多いものだが、それにしても嫌な雲だった。こういう時の天候があまり良いものではないことを、民は経験的に知っている。
野良仕事をしていた農夫や子どもたちが漠然とした不安を抱えたまま空を仰いだ。

突如として振り出した雨に、ファイも慌てて小屋へと避難する。
薬になる野草を切らしたため山の奥深くまで入り込んでいたおかげで屋根の下へと無事にたどりついた時には既に全身がずぶ濡れだった。
「まいったなあ」
誰に言うともなしに独りごち、手拭いで頭を拭く。濡れてしまった着物は脱ぎ捨て、乾いた着物に袖を通すとどうにか人心地がついた。自分独りだけの暮らしだとこんな時に気を使わなくてもすむのは気楽だ。
とっくに夏が近づいているはずなのに、激しく降りしきる雨のおかげで随分と肌寒い。寒さには慣れているファイだったが、直接雨に打たれた体となれば話は別だ。どこからか入り込んだ風にひやりと体を撫でられ、思わずふるりと震える。着物を乾かすために火をおこし、ついでに体を温める。
天候が荒れているのは理が乱れているから。理が乱されれば魔物は跋扈する。ちょうど今の季節のように時候の変り目などは特にだ。
果たして魔物のの出現がそのとおりであるのかは日本国に暮らして日の浅いファイには分からなかったが、ファイの使う魔術も似たようなものだ。
必要とされる術を発動させるにはそれに即した呪文と適切な量の魔力が必要であり、全く意味の違う呪文を用いて望む術が使えるわけがない。
正確な式を踏まえなかった術は発動されないどころか制御出来ない魔力の暴走あるいは暴発を招きかねない。その多くは術者本人へと返るが、時として周囲も巻き込むこともある。
理から外れる、ということの代償は様々だが、いずれもそれなり負荷が返ってくるものなのだ。
月読の結界に守られているためこの辺りでは魔物の被害は無いに等しい。だが、最近遠方では魔物の出没が立て続けに起こっているらしく、大がかりな討伐隊が赴いたばかりだった。
おかげで里人やその縁者から傷薬や気付け薬の依頼が殺到し、ファイも慌しい日々を送っていたが、毎日薬草を摘んでは干したり煎じたりの繰り返しだったため、気がつくと備蓄していた薬草が底を尽きかけていた。
小屋から近い場所には薬草はほとんど残っておらず、普段は入っていかないような山の奥深くまで足を踏み入れることになったのだ。
おかげですっかり体は冷えてしまったが、思ったよりも多くの薬草を得ることが出来たのは思わぬ収穫だった。
薬を必要としたのは遠方へと赴く忍だけではない。
降り続く雨で川の水嵩は急激に増えた。流木で怪我をしたり、壊れた畦を直している最中に怪我をしたり、と村人にも小さな怪我が頻発している。旅立つことを思い始めたファイだが、目の前で誰かが苦しんでいるのを放っておくことも出来ない。
さすがに帝の直轄地ということもあって整備されており鉄砲水のように危険なことは今までに無いらしいが、昨日も泥に足を滑らせた子どもが一人、腕を怪我して母親が血相を変えて飛び込んできたばかりだ。
気候の変化が体にも良くないのだろう、病人の体調が思わしくない、と家族が駆け込んできたこともある。
この雨の時期が無ければ農作物に実りがないのだ、と知っているが、どうにもこのように不安定な天気が続くとそれだけでも気が滅入ってくるものだ。
早く晴れると良いのに、とファイは溜息をつきながら薬草を選り分けた。
けれど、雨はそれから数日降り続いた。


人が倒れた、と蒼い顔で飛び込んできたのは見知らぬ男だった。身なりから察するにただの里人ではない。それでも只ならぬ切迫した様子にファイは男を小屋に招き入れた。
病人を看てくれ、と頭を下げる男に倒れた人間の様子を聞きながら、効き目のありそうな薬を選び荷物に詰める。
里人以外が殊更にファイを訪れることは少ない。ファイの元に来ずとも、町には医者がいる。忍や兵は自分たちでそれなりに治療できる技術や知識を持っているし、城には専門の医療部隊もある。
男の立ち居振る舞いの端々から分かるのは、戦闘の訓練をされた者特有の体の使い方だということ。それならば何故、とわざわざ医者でなくファイの元を訪れたことを疑問に思った。
怪訝なファイの表情を見てとったのか、男が口早に事情を告げた。
遠征に出た家の留守を預かっていた女が体調を崩し倒れたのだが、長雨続きで増した川嵩に橋が使えず医者が呼べないらしい。
「長雨で川が渡れない」「城は?」と騒ぎになったらしい。結局「御典医や医療班が一介の忍の女房なんて診るわけがないだろう」と誰かが言ったことで他の医術に心得のありそうな人間をあたることになったようだ。
一通りの心得があっても、忍や兵も病を癒す専門ではない。それでなくとも主だった人間は討伐隊とともに派遣されている。
男の説明に成る程、とファイは頷きを返した。
よほど急を要すると思ったのか途中まで馬で乗りつけたらしく、案内されるままにファイは男の後に続いた。
 

男の話を聞く限り、連れて行かれるのが城住まいでない忍の家だということは予想していた。
それでも「ここだ」と一軒の家を指し示された時、心臓が悲鳴を上げた。
見慣れた門。雨に打たれ、色を変えた今でも見間違えようがない。
幾度も、通ったのだ。誰にも知られないように。何も壊すことがないように。自分という存在を消して。

激しい雨に、ファイの表情は誰にも見咎められることは無かった。それで良かったのだと思う。もしかしたらファイ本人でも顔を歪めてしまうほどに、醜い表情か間抜けな表情をしていたのかもしれなかったから。
馬から下ろされ、呆然とその家を見つめる。
促され、初めてその門をくぐった。
黒鋼の、住まう家の門を。


 

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