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今回は日本国永住設定。
坂崎さまリクエストの「もうすっかり夫婦みたいな仲なのに、ふとした何気ない瞬間に相手にときめく黒ファイ」です。
ときめいてるっつか、のろけてお花見する二人になったような…。
新婚と熟年、両方の雰囲気があってその他の花見参加者さんがさぞ居たたまれなかったことでしょう、と申し上げておきます(笑)
坂崎さま、リクエストありがとうございました!
通販の発送手続きと拍手お返事は明日させていただきます。
お待たせして申し訳ありません。
では下からどうぞ。
笑顔を綻ばせるように花が咲き零れだす季節、白鷺城の姫から花見の宴の招待が届いた。
趣味の良い淡い色の料紙に流れるような美しい手跡で文字がしたためられている。
毎年行うことなのでどうか気軽に、との内容にファイはうっかり「ではお言葉に甘えて」と返事をしたのだ。
その夜、それを聞いた黒鋼が一言。
「知世の『気軽』だぞ」
「…」
一国の姫君の『気軽』である。しまったなあ、と嘆いてももう遅い。
四苦八苦しながらもファイはどうにか着物に袖を通した。
普段着程度ならば大分この国の独特の着付けにも慣れてきたものだが、今日着ることになっている衣は特別で普段よりも袖も裾も長く、たっぷりと布地を使っているためにファイ一人の手には少々余るものだった。
どうにか支えの紐をぐるりと腰に巻きつけることに成功するものの、どうにも首からすうすうと空気が入り込んで落ち着かない。肩まで冷えてしまいそうだ。
一応巻いてはみたものの、腰の紐もなんだか心もとない。
どうしようかなあ、と途方にくれていたところに救い主が現れた。
「おせーぞ」
「黒様ー、助けて~」
一目で状況を見て取ったのだろう。黒鋼が呆れたような眼差しを一瞬向けたが、ファイの着ている衣装の特殊さを知っているだけに溜息一つだけでそれ以上文句は出てこなかった。
「女郎じゃねえんだからこんなにだらだらと襟を抜いてどうする」
どうやらファイに任せておくよりは自分が着せた方が早いと判断したらしい。実に的確だ。あと半刻ほど頑張っても着られる自信がファイには無い。
じっとしてろ、と耳元に落ちる声に「はあい」と子どものように返事をして素直に身を任せた。昼日中に真正面から見つめあうのは少々気がひけるが、真剣な黒鋼の表情を彼に知られないようにじっと見ることが出来るのはファイだけの特権だ。
数百を数える桜の花の薄紅が空を覆う。
内々の花の宴にて、と聞いてはいたが春の訪れを寿ぐ儀式のようなものだ。
姫巫女と帝のために誂えられた座に、賓客扱いでファイも座る。
身に纏うのはこの日のためにと知世が見立てて贈られた着物だ。
複雑な織の紫の衣の上に鳥の意匠の施された薄く透ける白い薄絹を羽織るようになっている。透ける紫の濃淡が美しいが気軽に着るような物ではないのは一目で分かった。
どういう加減か、ファイが上手く着られないでいた間はあちこちが緩い一方で紐が窮屈だったりしたのだが、黒鋼にまかせた途端、あっと言う間に程よく着付けてくれた。
締め上げすぎて苦しいようなこともないし、帯が解けてしまわないかと不安になることもない。
生活の慣れの問題かなあ、と思いながらも窮屈ではない帯のおかげで食事も酒も非常に美味しく口に出来た。
知世に勧められるままに盃を飲み干しながら、ちらりとファイは黒鋼の姿を探す。
珍しくもファイや知世たちから少し離れた場所での警護だ。何が珍しいかというと、彼のその出で立ちだろう。
いつもの戦装束ではない。忍特有の戦闘を前提とした動きやすさを重視した衣服ではあるが、彼の纏う物としては珍しく縫や装飾の施された上着を身につけている。銀龍になぞらえてか龍の鱗の文様なのが遠目にも分かった。
忍としての姫巫女の身辺警護に加え、まがりなりにも忍軍の部隊の長、かつての諏倭の継嗣としての身分として着飾らせたとは知世の言だ。
さぞ嫌がったのだろう、と想像できるのだがそれよりも珍しい彼の姿に瞳を奪われてファイはそれどころではない。
難しい顔をしているが、すっと背筋の伸びた姿勢の良さは彼の大きな体躯を鈍重なものには思わせない。無防備に立っているようでもありながら、見るものを思わず緊張をさせるような威圧感はそれだけで敵からすれば警戒に値する。そして間違いなく、彼はその警戒を見逃さない。それは脅威だろう。
いつの間にか自分が桜の花ではなく、黒鋼の姿ばかりを追っていることに気づいてファイは慌てて盃を飲み干した。
一瞬とはいえ知世と天照がすぐ傍に座っていることも失念するほどぼんやりしていたことを恥じる。隣でくすりと忍び笑いが零れたのを頬を僅かに朱に染めて、気がつかない振りをした。
姉妹二人が何も言わないのが却ってなんとも居心地の悪いものだったのだが。
遠目にファイが知世や天照に酒を強いられるのが見て取れて、黒鋼は軽く呆れた。
自分と一晩飲み明かしても潰れることはあまり無い相手なので心配はしていないがこの陽気だ。浮かれて要らぬことをあの二人にべらべらと喋っている恐れは大いにある。
後でしっかりと釘を刺しておかなければ、と思いながらも花見を楽しんでいる姿を見ればやはり知世の誘いに応じて正解だったとも思う。
あれだけずるずるとした衣装を着ながら着付けを崩すことなく、所作にも不慣れな見っともないところが見受けられないところはさすがと言うべきかと感心した。
朝にはあの着物が上手く着付けられずに、途方にくれたような何とも情けない顔で自分を見つめていたのが嘘のような立ち居振る舞いだ。
甘やかしているという自覚はあったが、着せつけようとした黒鋼に何のためらいも無く身を預けたのには、場違いにもどきりとした。
子どものような無防備さで、平気で黒鋼の眼前に耐えようもない色香を突きつけてくる。
性質の悪い、と思っても今しがたの熱に浮くような視線を感じ取れば、それもたちまち苦笑に変わる。
なんだかあの魔術師の呑気さに随分と毒されているようだ。けれど、それがちっとも悪い気ではないのだ。
知世が薦めたこの衣装だとて、本気で嫌ならば着ずに宴に出ても良かったのだ。黒鋼の気性を知り抜いているあの主ならば、苦笑して一つ二つ小言を寄越して、そして許すに違いない。所詮は些事だ。
些事だと思ったから、こんな馬鹿げた装飾の衣服であっても別に着てやってもいいか、と思えた。
ファイのあの熱視線は思いも寄らない収穫だった。
それだけで随分と得をした気分になって黒鋼は珍しく上機嫌で花を見上げた。
空を覆いつくすような、優しい薄紅の花弁がひらひらと舞う。
好きだなあ、と思う。
たとえば、以前と変わらない鋭い眼差しや少し変わった柔和な表情。
好きなのだ、と思う。
たとえば、変わらぬ他愛ない笑い声や時折見せる少しだけ意地悪な顔。
変わらないもの変わっていくもの、全てひっくるめて愛しいのだ。