[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
時々忍者ブログに書き込み難い時があります。
原因不明。PCの他の機能は正常なので非常に謎。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞ。
それは些細なことだった。
ファイがいつものように帰宅した黒鋼から上着を受け取って畳もうとした時、ふと気がついた。
長い黒髪がひと筋、背中のあたりについている。
幽かな白粉と香の残り香に、黒鋼の行き先は容易に知れていた。
日本国の人間は総じて黒髪黒目が多い。
時折黒鋼のように目の色が異なる者や、髪や肌の色が違う者もいるのだが、その数はやはり少ない。
特に女性は「鴉の濡れ羽色」といって黒髪が持て囃される。
黒鋼の主も見事な黒髪の持ち主ではあるが、この髪はいくらかそれよりも短く、記憶にある少女の髪の質感とはどこか印象が違うように思えた。
おそらくは床を共にした女性であろう、とファイは感じ取った。
接触した相手の髪が衣服につくのは奇異なことではないのだが、どうにも違和感が拭えないのだ。
少し考えて、その違和感の正体が背中についていた、ということだと気がつく。
忍の中でも戦闘を生業とする黒鋼のような人間は背中を容易く許すことはない。背後を許すことは自らの力量不足であり、戦士としての死へと繋がる。
だからこれはおそらく黒鋼が着る前についたのだ。
偶然だろうと片付けられるくらい些細な、もしかしたら、服を着る時に、あるいは歩いている途中に落ちてしまうかもしれないはずだった。
たかが、髪ひと筋。
それでも、ファイはそれがどうしても偶然であるとは思えない。
一つ、気がついてしまえば思考はそこから繋がってあふれ出してしまう。
偶然ならば、容易く振り落ちてしまうひと筋の黒髪。
きっと、黒鋼に気がついて欲しくてわざとつけられたものだった。
知識としては知っていても、生きていくために体を数多の男に委ねる女の苦悩はファイには想像するしか出来ない。
「客」としてくる男に、言葉ではけして伝えられない彼女たちの真情はどんなふうにして溢れ出すのだろう。
顔も見知らぬ女性が、髪の毛ただひと筋にどんな思いを込めていたのか。
どんな気持ちで、そんな頼りないよすがを託したのか。
どうして気がついてしまったのだろうかとファイは俯いた。
自分よりも先に黒鋼が気づくべきだったのに。
そう思う一方、黒鋼が気がつかなくて良かった、と思った自分がいることに驚愕した。
胸の奥がざわつく。
なんて狭量なのだろう、と。
子ども染みた、そう、本当に小さな子どもが親の興味が他に向くのが心細くて、駄々をこねて愚図っているみたいじゃないかと自嘲する。
けれど、そんなことを必死に自分自身に言い聞かせている自分が分からなくて、ファイは途方にくれた。
黒鋼に呼ばれ、慌てて髪の毛を懐紙に包んで捨ててしまう。
片手に収まるほどの小さく軽いそれが、いつまでも重く、心に残った。