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ファイが悪女になりました。どうやら次は赤い目の怖い兄さんを篭絡する気のようです(無理)。あれ?
休日に夏風邪で熱出した馬鹿一名がここにいます。
まったく動けないわけでもない微熱が一番しんどいような気がします。
いっそ高熱だと自分でも休もう、っちゅー気になるんですが。
最近原稿書きながらBGMは友人から教えてもらったボーカロイドの曲を聞いてたりするんですが、ツボにくる曲に出会うと泣きそうになりますね。
発音などはやはり限界を感じたりするときもあるのですが、作り手さんの調教力でそれが気にならない曲に当たったりすると聞き惚れます。
久々にいい刺激でした。
拍手ありがとうございます。
では下からどうぞー。
士官食堂で目当ての人物を見つけて、ファイは躊躇わずに足をそちらに向ける。
「隣、いいかなぁ?」
問いかけの形はとっていても確認でしかない。
ファイの手に持つトレイをちらりと見遣り、男は小さく頷いた。
階級は佐官であるファイの方が上である。およそ上官に対する態度とも思えなかったが、彼がいつも「こう」だというのは人から聞いていたので気にも留めなかった。
軍属らしくもない階級への頓着の無さはファイも同じなのだ。
名前は黒鋼。階級は大尉。
それがこの男について今ファイが知りうる事柄だ。
出自や経歴なども調べれば簡単に表示されたが、ファイの頭のどこかが違和感を覚える。
きっと、自分が躓くとするのならば「ここ」だ。
何故かそう確信にも似たものを感じた。
勘、というものはなかなか馬鹿に出来ない。それまで自分自身に蓄積された情報、経験から判断されるものだからだ。
経験豊富な兵士ほど最後に頼るべきなのは自分自身の判断だということを知っている。
気をつけなければ、と自分に言い聞かせた。
「ねえねえ、君って結構この基地じゃ有名人なのかなあ?」
「なんだ」
「さっきから皆がチラチラこっちを見てくるんだけどー」
白身魚のフライを綺麗に切り分けながらファイは黒鋼に声をかける。無視されるかと思ったが案外すんなりと答えは返ってきた。
「俺じゃねえ」
「んん?」
「時期ハズレもいい時に配属されてきた新任の少佐どのに暇な連中は興味深深なんだよ。この程度の規模の基地じゃあ栄転、ってわけでもねえ。どんな事情があるのか知りたくてうずうずしてんだろうな」
要するに注目されているのは黒鋼ではなくファイだと言いたいらしい。それも理由だろうが、その問題の人物が黒鋼と一緒にいることでより注目を集めているのではないか、とファイは向けられる視線の種類で判断する。
現にファイに向けられる視線も多いが黒鋼だって相当に人目をあびている。当人がそれに気がつかないはずなどないのだが、あえてファイはそれに触れなかった。初対面に近いうちから不審感を深くもたれてはかなわない。
もぐもぐと噛んだフライを咀嚼してファイは付け合せのサラダをつついた。
「ふうん、別にたいしたことじゃないんだけどなあ」
黒鋼は隣で興味なさげに食事を終えようとしていた。器用に二本の箸を操るのをファイは少し感心しながら眺める。野戦ともなれば素手で食事も辞さないとはいえ、通常の食事をナイフとフォークに頼っている身には二本の棒で全ての食事が出来るというのは奇跡的なことに思えた。
荒々しささえ感じるほどに鍛えられた体をしているが、その所作はよくよく見れば美しいとも感じる。軍人の訓練された動きとは少し違う、元々の品の良さだ。案外これでいて育ちはいいのかもしれない。
上官を上官とも思わない無礼な態度で、ファイに対しても警戒は絶やさないが不躾な振る舞いをするでもない。
ちぐはぐでバランスの悪い印象が徐々に一人の人間の形をファイの頭の中に構築していく。けれどその人物を完成させるピースはまだ足りない。
何か最初の取っ掛かりが必要だった。
「んー、君なら口が固そうだからいいかー」
「ああ?」
「オレの転属の理由。すっごく馬鹿馬鹿しいんだけどねぇ。でもちょっとここでも対策を考えておかないと困るかなあ、ってー」
「何言ってんだ」
「前にいた基地の司令官と参謀役の上官二人がねー、割と洒落にならないいがみ合いをはじめちゃって…まあどっちも処分はされたんだけど」
歯切れの悪いファイの言葉に黒鋼が胡乱な目を向けてくる。軽妙とも思えるファイの普通の口調とはあまりにも違ったからだ。
「…いがみ合いの原因がオレだったらしくてね。二人でどっちがオレを愛人にするかしないかで揉めて、あやうく決闘になるところだったとか」
「そりゃあ…」
黒鋼が奇妙に顔を歪める。笑うに笑えないらしい。
「自分で言うのもあれだけど、オレは仕事は人よりは出来るからねー。元はどっちがオレを自陣営に取り込むか水面下で揉めてたらしいんだけど、それがどう転がったのかお粗末な痴情のもつれになっちゃってー。巻き込まれただけだって言ってもさすがにオレもそこに居座るわけにもいかないじゃなーい。時期外れだったけど新しい司令官の温情でここにきたんだー」
若干黒鋼の視線に同情の色が浮かぶ。
「軍隊だからねー。環境的に仕方ないけどどうしても男だけの集団だとオレみたいなのは『女』に見られるし、今までだって血迷った行動に出ちゃう上官も多かったからねえ。さすがにもう揉めるのは嫌だから、新天地をきっかけにどうにか対策をとろうとは思って」
そうか、と返す黒鋼の声には険がない。警戒こそ解かないものの、こちらがあえて弱みを見せることで距離を詰める糸口にはなったようだった。
上官同士の揉め事がきっかけでこの基地に転属された。それは嘘ではない。けれど真実の全てでないことを知っているのはファイだけだ。
司令官と参謀。そのどちらもに、ファイは互いに疑惑を持ち疑い合う様に仕向けた。
簡単なことだ。寝床で二言、三言、毒を落とせばいい。けして嘘ではなく、本当ではなく、ただ疑念を揺さ振り起こせば良いのだ。猜疑心が独り立ちすればあとは互いにいがみ合い、勝手に自滅する。
一年もかからなかったはずだ。呆気ないほど容易く、一つの基地の要職二つの席が空いた。