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予定とは何ぞや、と痛感いたしました。
今回もまた終らなかった…orz
三月は超変則勤務で泣けます。
拍手ありがとうございました。
では下からどうぞ。
翌日、ファイは微熱を出して寝込んだ。
初めての経験に体も、感情も、飽和状態になったのだ。
最低限の始末だけは眠りに落ちる前に黒鋼が済ませていたのだが、いざ二人揃って目を覚ますと互いのあられも無い姿にどうにも形容のしようのない気恥ずかしさがこみ上げてくる。
おまけにいくら明るいとはいえ、月明かりと朝の日の光は性質が全く異なる。
ほのかとはいえ差し込む陽光に部屋は白々と明るく、そんな中で足を広げさせられ、切れてしまった箇所に黒鋼の指で膏薬を塗りこめられたファイは羞恥で死にそうだった。
鈍痛に腰から下がまともに動かせず逃げも抵抗も出来ないが、黒鋼にされるがままに足を開くのは、昨夜の情交よりもさらにいたたまれない。
相手に一切そのつもりがないと知っているだけに余計に。
頬が火を噴きそうなくらい熱く火照っているファイの様子に、黒鋼もむず痒いような気まずさに襲われる。
無言で体を清め、軟膏を塗り、清潔な寝具にファイを横たえてやった。
すっぽりと頭まで掛け布団を被りながらも、時々ちらちらと蒼い瞳が布団と前髪の間から覗いている。
視線を感じながら、黒鋼はどっかりとそのすぐ脇に腰を下ろした。
どちらも無言である。
こんな後朝独特の気恥ずかしさなど、今まで黒鋼は味わったことなどなかった。
今まで寝てきた相手といえば商売女や房術を得手とする女忍で、それに心動かされたことなどはない。
体が優先で心から求めた相手を抱いたのが初めてなのだとようやく気づく。
多少経験のある自分でこうなのだから、どうも経験の無かったらしいファイの今の混乱と恥じらいたるやどれほどか、と慮る。
それでも、不思議と後悔をするつもりもない。
言葉は無かった。
けれど確かに、瞳を交わらせたあの時、互いが求めていたし求められていたのだと感じた。
不意にきゅ、と袖が引かれる。
視線を落とせば、布団からファイが手を伸ばし黒鋼の袖の隅っこを掴んでいた。瞳の周りが真っ赤でまだ相当恥かしいのだろうが、黒鋼を見つめる瞳は真っ直ぐだ。
「どうした」
自分でも驚くほど優しい声だった。ファイが少し瞼を伏せる。
「どこか痛むか?」
体が辛いだろうことは想像に難くない。
傷つけるつもりは無かったにせよ、男を受け入れるようには出来ていない細い体に無理を強いたものだと、黒鋼は今更に思う。
「…ちょっとだけ、痛い」
ファイの声は掠れてしまっていた。少しばかり喉が辛そうな様子に黒鋼が水がいるかと聞けばいらない、と返される。
「水は…いいから、も少しここにいて」
きゅっと袖を掴む指先の力が強まった。
彷徨うようにファイの視線が手元を黒鋼の顔を行き来する。
何か言いたいことがあるのを言いよどんでいるようだった。
急かさぬように待つ。
昨夜のことを責めるのでも詰るのでも何でも良い。ただ、ファイの声を聞きたいと思う。こんなことは初めてだった。
言の葉のきっかけを探しあぐねて、ファイは何度も何度も唇を開いては閉じ、を繰り返す。
困ったように黒鋼を見つめ、視線を袖を握り締めた指先に逃がす。
袖を掴むファイの指先を黒鋼がはずさせ、自分の指を絡めた。
ファイは驚いたように黒鋼を見つめる。凪いだ赤に自分の顔がいっぱいに映っているのを見て、魅入られたかのように瞳を合わせたまま唇を震わせた。
ぽつり、と唐突に言葉が発される。
「好きな人も、一緒にいたい人もいないよ」
昨日の問答の続きだった。
答えなど聞かなくとも、ファイの心の先が他所になど無いのは既に分かっている。
遮るものなく抱き合えば、隠すものなどない。偽りすらも全て暴かれるほどに。
裸のまま重ねたのは体だけではなく、心もだったのだから。
けれど、話の先をこのまま宙に浮いたままでいるのも心もとない。
ファイが先へと進もうとしているのだ。黒鋼はただそれをじっと待つ。
一心に黒鋼を見つめたまま、ファイが泣き出しそうに笑った。
「君以外に、そんな人いないよ」
黒鋼がびくりと腕を震わせた。体を雷に打たれたのかと思った。
「好きなのも、一緒にいたいのも」
喉の奥に、なにか熱い塊がこみ上げてくる。きっと今、泣きたいのだと思った。
「君だけ」
ぎゅっと絡ませた指にどちらからともなく、力が篭る。
無様な顔を晒しているのかもしれなかった。けれど、それは悪いことではない、今この時だけは。
黒鋼の指先は知らぬ間に小さく震えていた。声が揺れてしまいそうで、喉を絞るように出した言葉は、ちゃんとファイの耳に届くのだろうかと思う。
「だったら…」
それでも、出ないと思った声は勝手に溢れ出てくる。
「傍にいりゃいいじゃねえか」
ファイが瞬きを忘れたように黒鋼を凝視する。
「いい、の…?」
「ああ」
絡めた指が、離さない、とでも言うようにしっかりと握りなおされる。
痛いほどの力に、これが現のことなのだと知る。
そばに。
黒鋼の言葉の意味を理解したファイの瞳からはらりと涙が落ちる。
声にならず。
無言で何度も何度も頷いて。
嬉しくて、泣きたくなることもあるのだと初めて知った。
愛しくて、泣きたくなることもあるのだと初めて知った。
ずっとずっと傍にいる。
言葉の代わりに溢れる涙が二人の手を濡らした。